Case

データサイエンティストの 本来の役割を考える (特別座談会 Part2)

慶應義塾大学教授の星野崇宏氏をお招きした特別座談会のレポート第2弾をお届けします。前回は近い将来、到来が予見されるデータドリブン・エコノミーなどを念頭に、今後のデータ活用について意見を交わしました。今回は現在のデジタルマーケティングの課題やデータサイエンティストに求められる役割などについて語り合いました。

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写真左から、光廣・星野氏・佐藤  

※所属・肩書・記事の内容はインタビュー当時のものです。

マーケティングの現場に蔓延する 「A/Bテスト疲れ」とは?

佐藤 前回、先生が仰ったように、数多くの企業が目の前のコンバージョンを上げることばかりに気を取られた結果、デジタルマーケティングの現場は、「A/Bテスト疲れ」という状況に陥っているのではないかと考えています。A/Bテスト(ランディングページやバナー、メールマガジンなどについて、内容やデザインなどが異なる2つのページを用意して実際に運用。ページごとのクリック率などを比較し、いずれのページが効果的だったかを検証する方法)は、コンバージョンを上げるためのコンテンツ最適化の方法として、よく用いられますが、限定的な環境下での最適化なので、これだけでは顧客の行動変容を大きく促す答えを導き出すことは困難です。それ故、チューニングを繰り返して、少しずつコンバージョンレート(見込み顧客の内、コンバージョンした顧客の割合)を上げていくしかなく、現場は小規模なA/Bテストを頻繁にやらなければならず、疲弊してしまうのです。

 

星野教授(以下、星野) 本サービス公開前にA/Bテストをやっても、サービスでは全く異なる結果になったというケースはごまんとありますからね。やはりA/Bテストで得られるようなデータ―― これもある意味、企業に集まる単一のデータと言えますが、それだけでは、不足があるということです。やはり表面的な顧客の行動を捉えたデータだけではなく、顧客がどのような意識を持っていて、顧客の背後で何が起こっているかをきちんと理解することが必要です。実際に、人の心理的分析を取り入れた経済学である「行動経済学」などのセオリーに基づいた仮説によって立案したマーケ テ ィング施策を展開するのと、とりあえずA/Bテストを行うのとでは成果は全く異なります。


佐藤 分析で「人の行動を変える」施策まで繋げるためには、事前に「きっと、こういう気持ちだから、その行動をとる/とらないのだろう」といった仮説を立てた上で、仮説を検証する分析方法を検討し、併せて、仮説が「正しい時」と「正しくなかった時」のアクションまでを、最初に設計すべきです。しかし、何となく「こういう人が多いんじゃないかな? じゃあ調べてみよう」という感じで、A/Bテストを行って、「ああ、やっぱり多いんだな」で終わってしまうケースが多い気がします。


光廣 星野先生には技術的な面でアドバイスいただいていますが、行動経済学的な指標を測定して人の非合理的な行動を裏付けたり、このような潜在意識がわかるデータを自社データと融合させることで、データ分析に顧客の心理的分析を採り入れることが可能になります。生活者の価値観や暮らしぶり、消費行動などを収録した「データ・ア・ラ・モード」という20万人規模のデータベースを当社では提供していますが、こういう調査データを活用することもひとつの手段だと思います。


星野 いずれにせよ、心理的な側面も含めた顧客理解の重要性が、一般に理解されていないことに、もどかしさを感じています。

自社データのみの分析で成果につなげられるのはトップ企業だけ

佐藤 それと、結局、自社に集まるデータによるチューニングだけで大きな成果に結びつけられるのは、その市場のトップか2番手くらいの企業だけなんですよね。方向性は間違いないという前提で、現状のサービスをもっと使いやすく最適化していくような場合に限られます。例えば、ECサイト市場でシェアが10番手の企業が、自社の顧客データを活用してアマゾンと同じようなことをしようにも限界がある。それよりは、もっと顧客の本質的な課題を理解して、独自性を持ったサービスを提供するべきですよね。


光廣 そう考えると、データを活用した仮説の立案・検証はもちろん、現状把握も重要になりますね。自社が、いまどういうポジションにいるのか把握する際に、データを活用して客観的に評価できることは非常に意義深いと思います。


佐藤 前回触れたベンチマークの話と似ていますが、「企業としてのありたい姿や強みがどのようなものなのか?」を明確にした上で、「その強みを競合と比べると実際はどうなのか?」ということをデータを使って分析することが大切です。ただし、「自社の強みがよく分からないから、とりあえず調査をしてデータにあたってみよう」というのでは、あまり意味がないと思います。知りたいことがあるからこそ、集めたデータのギャップが何を表しているのか、分析できるのです。目的もなしに、シャワーのようにデータを浴びて、「へえ、そうだったんだ」で終わってしまったら、そこにかかったコストに見合う成果は望めません。

これからのマーケティングにおいてデータサイエンティストに求められること

星野 ここまでの話をまとめると、ビジネスにおいてデータ活用の成果を得るには、データを基に仮説を作る必要があり、ただデータに触れているだけではあまり意味がないということになります。データを基に仮説を作ることこそ、データサイエンティストの本来の役割の一つですが、実行している人が少ないことはとても残念に思います。ビジネス分野でいえば、企業成長にいかに貢献できるかがデータ活用の本質的な目的なので、その視点は必要不可欠なのですが、日本ではどちらかというと「自社で持てあましている膨大なデータからとりあえず何かを見つけて欲しい」という企業からの要求が大きいからでしょうか? データを基に仮説を作ることの重要性を意識して活動できているデータサイエンティストはあまりいないですよね。

 

光廣 問題を解く専門家はたくさんいますけど、問題自体を設計する人はなかなか――。

 

星野 ビジネスにデータを活用する上で、全分野共通で使える方法論は存在しません。サービスの内容や企業のポジショニング・規模によって必要なデータの捉え方が異なるからです。それ故、企業側もデータサイエンティストに対して、データ分析のことなら、オールマイティーで何でもできる人だという期待を持ちすぎるのは、いかがなものかと思います。


佐藤・光廣(うなずく)

 

星野 また、データサイエンティスト側も、ある分野に特化したスキルを持つことを避けて、機械学習やデータの前処理といった技術を極めたがる傾向がありますが、そのような作業は若い人でもできますし、むしろ若い人の方が得意ということもあり得ます。実際、私の研究室の学生もみんなやっていますしね。さらに言えば、いずれAIやデータロボットに代替される可能性も考えられます。つまり、データサイエンスにおいて汎用的な技術やスキルの価値が下がってきている。なので、これからのデータサイエンティストは、個別の企業課題をきちんと理解した上でアクションにつなげることがますます求められるのではないでしょうか?

 

佐藤  確かに「データサイエンティスト=モデラー」というイメージはそろそろ陳腐化してきている気はします。いずれにせよ、個別の企業課題を理解して、仮説の立案から考えるとなると、データサイエンティストもマーケティングを意識し、学んでいくことも必要だと言えそうですね。


星野 その通りだと思います。

 

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【略歴】  ※社名・部署・役職はインタビュー当時のものです

 

星野 崇宏 氏(ほしのたかひろ)

慶應義塾大学 経済学部・大学院経済学研究科 教授(兼)国立研究開発法人 理化学研究所 AIPセンター経済経営情報融合分析チーム チームリーダー

2004年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。情報・システム研究機構統計数理研究所、東京大学教養学部、名古屋大学大学院経済学研究科准教授を経て2015年から現職。著書に『調査観察データの統計科学』(岩波書店)

 

佐藤邦弘(さとうくにひろ)
日経リサーチ チーフ・データサイエンティスト
1999年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日経リサーチ入社。情報理論によるデータマイニングを通じて、構造化データと非構造化データを可視化し、マーケティングにおけるインサイト発見支援と施策活用に取り組む

光廣 正基(みつひろまさき)

日経リサーチ  データサイエンティスト

2014年同志社大学大学院文化情報学研究科修士課程修了。同年日経リサーチ入社。データ科学を専門とし、マーケティングにおける意思決定支援のため、調査データ・行動データを組み合わせたデータ解析に取り組んでいる

 

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