マーケと営業を分断する「感覚」をどう捨てるか ―日経に学ぶ、データドリブン組織への転換プロセス
日本経済新聞社
1876年に創刊した日本経済新聞の発行を軸に、日本の経済報道を担い続けてきた総合メディア企業。2010年にサービスを開始した日経電子版は、2024年12月に有料会員100万IDを突破。法人契約では3万社以上の企業にサービスを提供している。こうした中、同社のデジタル編成ユニットは、営業・マーケティングを横断したデータ分析基盤の整備に取り組む。日経リサーチのデータ分析・エンジニアリング支援を活用した、このプロジェクトの背景や取り組み内容について、営業推進室の長島恭兵さん、デジタル編成ユニットの名倉晋平さんと丸子晴菜さんに話を聞いた。
株式会社日本経済新聞社
デジタル編成ユニット
名倉 晋平さん(左)
デジタル編成ユニット
丸子 晴菜さん(中央)
営業推進室
長島 恭兵さん(右)
勘と経験では持続的成長は望めないという課題
――まずは、皆さんが所属するデジタル編成ユニットと営業推進室の役割について教えてください。
名倉晋平さん(以下、名倉)|日経電子版などのサブスクリプション型デジタルサービスを担うのが、デジタル編成ユニットの主な役割で、私は主に法人事業に関する全般の業務に携わっています。
丸子晴菜さん(以下、丸子)|私はデジタル編成ユニット内のBtoBビジネスグループのマーケティングチームに所属しています。施策の投資効果を高めながら、営業活動につながる質の高い見込顧客(リード)を獲得・育成し、営業へ引き渡すことを目指す業務に従事しています。
長島恭兵さん(以下、長島) |私が所属する営業推進室は、法人営業を全社横断的に支援するのがミッションです。その中で私は、サブスクリプション事業における営業DXやデータ活用支援を担当しています。またデジタル編成ユニットも兼務しており、今回の日経リサーチとの取り組みは、 私から「日経電子版の成長をさらにドライブさせるため、法人顧客のデータ分析基盤を整備しませんか」と提案したことがきっかけになりました。
――データ活用への意識が高まった背景について教えてください。
名倉|日経電子版の法人契約数はここ数年で急速に増加し、現在は3万社以上の企業に利用されています。その背景には、国内市場の縮小や産業構造の転換、AXやAIの進展など、企業を取り巻く環境の変化があります。こうした環境下では、従来のOJTだけでは変化に対応できる人材育成が難しくなっています。そこで、ビジネス環境の変化をつぶさにとらえた情報に触れられる日経電子版への期待が高まっているのです。
サービス規模の拡大と事業環境の変化を受け、サービスを提供する私たちも経験や勘に依存した意思決定には限界があると判断したことが、今回の取り組みをスタートさせたきっかけです。

長島 |日本経済新聞という媒体の知名度の高さから、従来はインバウンド中心でもビジネスが成立していました。しかし、今後の事業成長をさらに望むなら、法人事業の収益を拡大する必要があります。
そのためには、これまで個別対応で進めてきた営業やマーケティング活動を再現性のある形に進化させ、さらなる認知拡大やリード獲得を進めることが求められます。そして、それを実現するには顧客データの分析が不可欠だったということです。
――データ分析基盤が整備されていないことで、具体的にはどのような課題が顕在化していたのでしょうか。
長島|見たいデータをすぐに確認できないことが、大きな課題でした。デジタル編成ユニットではSFA(営業支援)ツールを導入していたものの、用途は既存顧客情報の管理が中心であり、営業支援ツールとして改善の余地があると感じていました。

名倉|担当ごとに管理方法が異なり、情報が分散しやすい状態だったのも課題でした。接点履歴や商談フェーズの入力粒度にもばらつきがあり、営業活動を横断的に分析するのが難しい状態だったのも課題でした。そのため、「どの施策や接点が成果につながっているのか」を把握できず、現場の感覚で判断している部分が多かったと思います。
丸子|こうした状況では、最初の接点から商談化、受注に至るまでのカスタマージャーニーを把握することは困難です。結果として、リード創出や育成といった施策の最適化にデータを活用できていなかったことが、マーケティング上の最大の課題でした。
データ活用基盤構築とデータ整備を同時に進める理由
――そうした課題の解決を目指してデータ基盤整備に取り組む上で、なぜ日経リサーチに支援を依頼したのでしょうか。
長島 |支援を受ける企業は、複数の企業を比較検討した上で決定しましたが、日経リサーチを選んだ理由は大きく3つあります。
1つ目は、日経グループであることによる「自社データへの理解の深さ」です。2つ目は、当社が導入していたCRMやBIツールへの習熟度が高く、技術面でアドバンテージがあったこと。そして3つ目は、基盤構築後の伴走支援です。
今回の取り組みで重視したのは、「基盤を作った後に、どれだけ改善を継続できるか」という点でした。データ活用基盤を定着させるためには、現場の意見を取り入れながらシステムを継続的に改善し、PDCAを回していく必要があります。そのため、伴走型で支援してくれるパートナーが不可欠だったのです。
丸子 |私たちのチームには、データの専門人材がいません。そのため、こちらからの依頼は「こういうものが見たい」といった曖昧なものになりがちです。そうした要望をかみ砕き、目指すべき姿の解像度を上げるところから伴走してもらえる点も評価のポイントでした。
また、施策の精度を高めるためには、マーケティングデータ単体ではなく、営業データも含めて横断的に分析する必要があると考えていました。しかし、私たちの組織内には、データ整理や分析設計に関するケイパビリティが不足している。そのため外部の知見を取り入れる必要があると判断しました。
日経リサーチには、単なる分析にとどまらず、「どう事業の意思決定に活用するか」という観点まで含めて支援してもらえる期待があり、依頼を決めました。

名倉 |営業現場として「データをもっと活用したい」という意識はありましたが、実際には日々の業務優先になり、分析設計や整理まで手が回らない状況でした。今回、日経リサーチには、現場ヒアリングを踏まえながら、営業実態に合わせて分析を整理していただける期待がありました。
――そうして、2025年にプロジェクトがスタートしますが、具体的にどのような取り組みを行ったのでしょうか。
長島|初めに、当社のデータエンジニアに、全社で運用しているデータレイクとSFA、BIツールを接続するデータパイプラインを構築してもらいました。そのうえで、連携されたデータを基にリード・商談・受注を横断的に可視化するBIダッシュボードの開発を日経リサーチに依頼しました。
――はじめは社内のデータが整っていないというお話でしたが、そのような状態からデータ活用基盤整備を進めることに、不安はありませんでしたか。
長島|データが揃うのを待っていては、恐らく取り組みは進みません。組織が大きくなるほど、運用と仕様が複雑に絡み合っているため、一方だけを改善しても機能しないからです。これは、私自身がSFAの運用支援に長く関わってきた経験からも明らかな事実です。「まず構築し、運用することで足りないものを明らかにし、そこから逆算して改善していく」ほうが、取り組みは前進しやすいと考えています。
名倉|営業現場としては、「どこまで入力・整理すべきか」のバランスが難しかったです。入力項目を増やせば分析精度は上がりますが、現場負荷も増えます。日経リサーチには、「まず優先的に整備すべき項目」を絞り込んでもらい、現実的な運用を前提に提案いただけたので、非常に進めやすかったと感じています。
マーケティング施策のKPIが“数”から“確度”へ変化
――BIツールのダッシュボードをはじめとするデータ活用基盤が整ったことで、マーケティングや営業活動にどのような変化が起きていますか。
丸子|マーケティング活動において最も大きかったのは、「間接コンバージョン」が可視化されたことです。
例えば、ウェビナーに参加した企業がその場では申し込まなかった場合でも、その後、別のイベントで再接点を持ち、最終的に受注に至る――こうしたカスタマージャーニーを追えるようになりました。以前はこの流れが見えなかったため、「最初の施策にどのような成果があったのか」という問いに答えることができませんでした。
長島|例えば300万円のコストをかけて参加した展示会で、300名と名刺交換したとしても、それが受注にどうつながったのかが分からなかったのが、現在はその300名のうち、1年後に何件が受注につながったのかを把握できるようになりつつあります。
丸子|おかげで営業チームから「この業界にアプローチしたいが勝ち筋はあるか」と質問されても、データをもとにした回答ができるようになりましたね。
このような変化はKPI設定にも直結しています。従来のように「リード獲得数」だけを追うのではなく、インサイドセールスや営業に引き渡す際の購買意欲や商談確度を重視するようになりました。具体的には、MQLやSQLの数と質をKPIとして設定するようになっています。
名倉|営業側にとっても、「感覚的に良い」と考えていた接点が、実際に成果につながっているとデータで確認できたことは大きな変化です。営業レビューとして以前よりも「どの案件に注力すべきか」を整理しやすくなりました。
同時に、入力不足によって分析できない領域が明確になったことで、「何を入力すべきか」が現場にも共有されるようになりました。
もう一つの大きな変化は、マーケティングとセールスが「同じデータを見ながら議論する」ようになったことです。以前はそれぞれの感覚で施策を評価していましたが、現在は共通の指標に基づいて議論しています。その結果、「マーケティング起点の施策であっても責任は双方にある」という認識が生まれました。
丸子|施策の内容やタイミング、頻度、予算配分の最適化にとどまらず、共通のデータを持つことで、部門間の責任や役割の捉え方そのものが変わりました。この点は大きな成果だと捉えています。
長島|テレマーケティングの頻度を下げる判断ができたことも、データ活用の成果の1つです。従来から「成果につながりにくいのではないか」という感覚はありましたが、データによる裏付けを得ることができました。この点は、意思決定のあり方が変わった象徴的な変化だと考えています。
一方で、インバウンドセールスの取り組みの中にも、細かく見ていくと違いがあることが明らかになりました。
例えば「3分でわかる日経電子版」というホワイトペーパーをダウンロードした企業は、コンバージョン率が特に高いことが分かりました。この資料を経由する顧客は、すでに法人契約に対する関心が具体化した状態にあるためです。
現在は、これらのコンテンツへの接触履歴をもとに、マーケティングチームからインサイドセールスチームへフィードバックする運用を取り入れています。なお、こうした気づきは、日経リサーチのデータ分析結果から得られたものであり、この点も同社の支援を活用する価値の1つだと感じています。
データ活用環境を意思決定基盤に
――データ活用の取り組みに関して、今後の展望をお聞かせください。
名倉|営業としては、今回整備した仕組みを現場に定着させながら、継続的な営業改善を実現させていく考えです。そして、営業活動の優先順位づけや提案精度の向上などを図っていきたいですね。
丸子|今後はAIとの連携も視野に入れた環境の構築を推進していきたいと考えています。例えば、リアルイベントで高いコンバージョンが得られた場合、録画したデータをAIに学習させて、再活用できる切り抜き動画や訴求バナーが自動で作成されるような――。
現在蓄積しているデータの精度が、将来のAI活用の精度を左右すると考えています。こうしたリスクを解消するためにも、引き続き日経リサーチの支援を仰ぎたいと考えています。
長島|短期的には、ダッシュボードを様々な会議の場で、そのまま活用できる状態を目指していくつもりです。例えば報告書にまとめている情報をリアルタイムに提示する想定です。そのような環境の実現は、意思決定にとって大きな意味をもつと考えています。
また、マーケティングの役割は単にリードを獲得することではなく、最終的に受注につなげることにあります。そのプロセス全体を可視化できる環境を早期に実現したいですね。しかし、そのためにはデータの整備を着実に進めていく必要があるのは言うまでもありません。
中長期的には、データ活用の文化を全社に広げていく考えです。
今回、デジタル編成ユニットで取り組みを進めましたが、社内の他組織にはそれぞれ固有の課題が存在しています。そこで日経リサーチには、今回の取り組みを応用した、横断的な提案を行っていただきたい。組織間の連携は内部の取り組みだけでは進みにくいため、外部の視点を起点として組織同士をつなぐ存在になってもらうことを期待しています。

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