将来の消費者のニーズを読み 新しい価値を提供する (特別座談会 Part3)
2019.10.24
慶應義塾大学経済学部の星野崇宏教授と日経リサーチのデータサイエンティスト2名が、企業のデータ活用について意見を交わした特別座談会のレポート。最終回となる今回は、企業成長につながるデータ活用を実現させるために、マーケターや経営者が押さえておきたいポイントについて語られた内容を中心にお伝えします。
写真左から、佐藤・星野氏・光廣
※所属・肩書・記事の内容はインタビュー当時のものです。
現場のマーケターはデータサイエンス的な思考を身に付けよ
佐藤 データサイエンティストの役割を考えると、ビジネスデザイナーの濱口秀司さんが仰っている「structured chaos」というキーワードを思い出します。これはイノベーションにつながる発想には「structure(構造・論理)」と「chaos(混沌・直感)」の中間に意識を持っていく必要があるということを表していますが、データサイエンスはstructure的で、企画・マーケティングはchaos的な職務だと言えます。そんな中で、データサイエンティストは、マーケティングとデータサイエンスを融合させて「structured chaos」の状態を作り出すことが大きな役割だと思うのです。
光廣 そのような状態を作るためには、マーケターの方々がデータサイエンスに歩み寄っていくことも必要ですね。
星野・佐藤 (うなずく)
佐藤 マーケターの本来の役割は、企業が消費者に新たな価値を提供するための戦略を立案し、実現することです。そのためには、将来の消費者のニーズを読んで施策に落とし込んでいく必要がありますが、それが仮説段階からデータに裏付けられたものである方が成果につながりやすいですからね。とはいえ、仮説のすべてを100%データで説明できるようにしておかなくてはならないわけではありません。要は「このデータでこういう数字を示しているんだから、こういう可能性がありそうだ。じゃあちょっと検証しよう」という感覚を持つことが大切。必要なのは本格的な統計学のスキルではなく、基礎集計のスキルですね。データをどこから集めて何と何を比較すれば自分の考えていることは正しいと説明できそうだと分かればよいのです。その観点を共有することで、マーケターとデータサイエンティストの連携がよりスムーズになります。
星野 まずは「クリティカルシンキング」「ロジカルシンキング」的な意識を持つことでしょうね。例えば、「ベンチマークがないのに前後比較だけしても意味がない」というような、少し堅苦しい言い方をすれば「リサーチ・デザイン」の話です。どのようなデータがあれば、検証できるのか?そこがわかっていればよいのです。データサイエンティストの仕事は、基本的にはデータをもらってからなので、前段階のデータを集めるところを適切に行っておいてほしいですね。そこがきちんとできてない中で用意されたデータを使って、「何とか分析をして欲しい」といわれても、思ったような成果を出すのは難しいでしょう。
佐藤 私自身、これまでの経験を振り返っても、「仮説を検証するために、どのようなデータが必要なのか」を判断するスキルを養うには、結局データに揉まれながら失敗を繰り返していくしか方法はないので、まずは意識的に取り組んでいくことが大切です。
星野 マーケティングの質を向上させるには、経営者の役割も重要です。例えば、施策の資源分配の最適化も、短期的な成果でなく、LTVを理解した上できちんと施策を評価できて初めて可能になります。さらに、これはマーケティングに限りませんが、一見成果が見えにくい施策も、企業の持続的な成長に寄与するものならば、それに報いた担当者をきちんと評価することが求められるのは言うまでもありません。
データは正しい方法で活用すれば必ず企業に利益をもたらしてくれる
佐藤 顧客の気持ちや感情、思いが行動ににじみ出しているデータはいわば「お客様の一部」だと言えます。そして、それを使って、お客様になったつもりで共感することで、企業としてやるべきことを発見し、アクションにつなげることが、マーケターやリサーチャーが企業に与えられる最大の価値ではないでしょうか? そのような取り組みに対して、私たちデータサイエンティストや調査会社はデータの羅列ではなく、データの背景を読み、「数字からこのような傾向がみられるので、こういう可能性が高い」というストーリーを作り、きちんと数字を結び付けていくことでお役に立てると考えています。具体的には、調査はもちろん、様々な特性を持つデータから適切なデータや分析方法を選び、仮説を立てることでご支援します。
光廣 また、今日の座談会では、データをもとに仮説をつくる重要性について話をしましたが、正直なところ、それを実践するのは大変です。でも、そこを乗り越えないとデータ活用を成功に導くことは困難なので、もし、マーケターだけで実現できないときは、コンサルタントやリサーチャー、データサイエンティストといった社内外の協力を得るなどして、何とか乗り越えて欲しいですね。企業が持つビッグデータの分析では、どちらかというと、これまで実施した施策など過去に何かを行った結果が現れます。ですから、それだけでは何か新しい知見を得ようとしても意外と難しい。そこで、私たちが提供している調査データのような、人の行動とは違うデータを活用することも必要になってきます。企業のマーケターの皆さんにはぜひそういったデータも活用して欲しいと思います。
佐藤 私たちが提供できるデータとしては、「データ・ア・ラ・モード®」(特別座談会レポートPart2参照)の他に、生活者の行動、購買、意識などに関する、自由回答を含むアンケート結果の中から、データマイニングとテキストマイニングという手法を組み合わせて有益なキーワードを見つけ出すことで、本質的なお客様理解につなげることができる「セグメントディスカバリー」というサービスもあります。例えば、セグメントディスカバリーを使うことで、「こういう行動をとる人が優良顧客である」というルールを見つけ、さらにその優良顧客層がどのような属性で、どのような課題を持っているのかのヒントが導き出せるのです。
星野 セグメントディスカバリーを使って、本質的な顧客理解が可能になれば、施策の最適化が実現できるわけですが、データサイエンティストによる分析結果が利用できる日経リサーチのサービスを使うことは、自社にデータサイエンティストがいなくても、お2人のような優秀なデータサイエンティストのノウハウを施策に生かせるということになりますね。
佐藤・光廣 自分たちが優秀かどうかはわかりませんが(笑)、お役に立てると思います。
星野 繰り返しになりますが、自社に集まってくるデータだけで意思決定するのは本当に危険です。それはこれまで私自身が研究者として携わってきた様々な解析結果やケーススタディーを振り返っても明らか。なので、研究者としては、本質的な顧客関係管理や消費者の行動理解、競合を考慮した戦略を実現するためのデータ融合技術を引き続き開発していきたいと思います。そして、データはきちんとした方法で活用すれば、成果は必ずついてくるものですから、数多くの企業に今日お話ししたような内容が伝わるとよいですね。
佐藤・光廣 そうですね。
【2019年8月28日「イトーキ東京イノベーションセンターSYNQA」にて】
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【略歴】 ※社名・部署・役職はインタビュー当時のものです
星野 崇宏 氏(ほしのたかひろ)
慶應義塾大学 経済学部・大学院経済学研究科 教授(兼)国立研究開発法人 理化学研究所 AIPセンター経済経営情報融合分析チーム チームリーダー
2004年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。情報・システム研究機構統計数理研究所、東京大学教養学部、名古屋大学大学院経済学研究科准教授を経て2015年から現職。著書に『調査観察データの統計科学』(岩波書店)
佐藤邦弘(さとうくにひろ)
日経リサーチ チーフ・データサイエンティスト
1999年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日経リサーチ入社。情報理論によるデータマイニングを通じて、構造化データと非構造化データを可視化し、マーケティングにおけるインサイト発見支援と施策活用に取り組む
光廣 正基(みつひろまさき)
日経リサーチ データサイエンティスト
2014年同志社大学大学院文化情報学研究科修士課程修了。同年日経リサーチ入社。データ科学を専門とし、マーケティングにおける意思決定支援のため、調査データ・行動データを組み合わせたデータ解析に取り組んでいる
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