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製薬会社に今後求められるブランド戦略とは

29.8% ――この数字が何を表しているか分かりますか。

 

これは医師が製薬会社に対して持つイメージの全体を100とした場合に、製品以外の活動から醸成されると思うイメージの比率の平均値です。ここでいう製品以外とは医療従事者へのサポート、患者への疾患啓発のための支援などの他、企業姿勢や企業としての活動も含みます。中には製品以外からのイメージが90%と言う方もいました。また、製品よりも製品以外から受けるイメージの方が多いと回答した医師は全体の2割程度でした。

言うまでもなく、製薬会社のイメージはその会社の製品と密接な結びつきがありますが、昨今、各社の企業イメージは製品以外の要素からも醸成される時代に入ってきたと言えます。医師は患者と向き合う中で、製薬会社のサポートを受けながら、様々な視点でそれぞれの企業を評価しています。

今回は製薬会社が企業イメージやブランディングになぜ着目すべきなのか、その有用性について、3つのパートで説明します。

 製薬会社におけるブランディングとは?

2つの社会的変化で高まるブランディングの必要性

 薬は本来、製品自体の品質や効能・効果、安全性で選ばれるはずです。それなら、なぜ今、製薬会社にブランディングが必要なのでしょうか? 私たちはそこに2つの社会的変化があると考えています。
1つ目は企業活動に向けられる視点の変化です。企業活動を巡っては、今までも環境経営やCSR経営など非財務面から企業価値を測る視点はありましたが、昨今重視されるESGやSDGsは巨額の投資マネーが絡むという点で、これまでの視点とは大きく違います。例えば、2022年6月7日の日経電子版には「武田薬品など製薬10社、供給網の脱炭素で国際連携」というニュースが掲載されました。ついに製薬会社も業界を挙げてカーボンゼロに取り組む流れが来たか、と思いましたが、記事によると、製薬業界の二酸化炭素排出量は日本の産業界全体の1%未満なので、地球環境へのインパクトよりも、この世界的テーマに、業界として取り組む姿勢を見せることが重要なのでしょう。効能・効果が高い新薬を開発し、売り上げも利益も期待できる企業だけが評価される時代ではなくなっているのです。
2つ目は企業に求められている期待や役割の変化です。高齢化社会に突入した日本では、増大する医療費を抑制するため、治療に至る前の健康・予防へのアプローチや医薬品のジェネリック処方が推進されています。病気になったとしても、医療の進歩で延命が実現し、予後の生活を長く送る人も増えてきました。特に製薬会社にとっては、医療行政の変化もあります。そういった意味で、製薬会社は病気を治すだけではない役割が求められていると我々は考えています。


医療の世界におけるステークホルダーを図示すると、これまで医師と患者は病気の治療の間だけの関係でしかなかったのが、患者は生活者となり、その関係も予病・未病・予後と長期に渡ります。そして様々な関わりがある人や企業が増えました。医師は現在チーム医療で院内・院外・地域と連携しながら治療に当たっています。そして製薬会社の活動も医療の個別化や患者の課題に寄り添った薬以外のサポートなど多方面に展開しています。
がん領域においても、医療の進歩で延命が実現しています。医師と患者の付き合いも長くなり、患者自身も病気と付き合う期間が長くなる中で、様々な情報やサポートを必要としています。結果、医師と製薬会社の関係は製品の提供だけでなく、治療の支援や患者への病気の啓蒙といった活動も活発になっています。そして役割や期待が広がっていく中で、製薬会社としては医師の良きパートナーとして自社を選んでもらい使ってもらう必要があるのです。

 

パートナーに選ばれ続けるためのブランディグ

製薬企業におけるブランドイメージの構造を整理したところ、医師と製薬企業との接点は製品そのものや製品に関する情報と製品以外の活動や情報とに大きく分類されました。製品以外の中には、医療従事者や患者への支援を目的とした情報やツール、大きくは企業姿勢なども含んでいます。企業に対する評価はこうした製品と製品以外の活動や情報が入り交じりながら醸成されていくといえます。冒頭の29.8%という数字はイメージの何%が製品以外から作られているかを示していて、図の下側となります。
 

一般消費財のブランディングはまず会社を知ってもらう、社名を覚えてもらう、という認知のステージからスタートしますが、製薬会社のブランディングは会社よりも自社の製品のことを知ってもらい、理解してもらうところから始まります。そしてこれまでは製品を通じた品質や信頼のイメージを処方の意欲につなげるという製品中心のブランディング活動だったかも知れませんが、現在は製品だけでなく様々な医療サポートを通じて企業価値や存在価値が認められ、継続してパートナーとして選ばれる企業になるためのブランディングに変わっています。製品プラスαの提供が企業価値、存在価値が上昇するポイントになっていると考えます。

 

製品以外の活動は企業イメージにどの程度寄与するのか?

ここからは医師・患者から見た製薬会社の医療サポートの評価ついて、独自調査の結果をご紹介します。この調査では「医療サポート」を、主に患者に病気について正しく理解してもらうための資料や、ウェブサイトの案内、治療生活に役立つ情報の提供、と定義しました。また、各評価は肺がんの領域に絞った結果です。調査概要は下記のとおりです。

 


回答した医師は平均キャリアが19年、カルテベースで直近1年間に42人のがん患者を診察し、平均 7~8社の薬を処方していました。患者は、治療を始めてから5年以上が3割。ステージ0~2期と3~4期を合わせるといずれもほぼ半数に達します。

 

製薬会社による医療サポートについて、「とても必要」「まあ必要」と答えた医師は合わせてと9割ほどになりました。製薬会社の医療サポートが必要な理由として次のような声があがっています。

  • 薬剤の進歩と共に、治療期間も長期に及ぶから(50代大学病院 部長)
  • 高齢者が多く、個々に応じた治療が必要だから(20代私立・一般病院 勤務医)
  • 疾患啓発は病院・学会・医師だけの力では不十分だから(30代国立・公立病院 医長)
  • 薬剤を使えるようになるまでには理解や使い方の習得が必要だから(60代大学病院 準教授)
  • 肺がんは分からないことが多いから(30代私立・一般病院 勤務医)
  • 薬剤を使用する環境を含めてすべてが重要だから(40代大学病院 講師)
  • 内容を理解せず、医師に治療を任せようとする患者も。病状や治療について理解してほしい(ので製薬会社にサポートして欲しい)(30代国立・公立一般勤務医)
  • 診察時の情報提供だけでは十分でない(40代国立・公立病院 医長)


治療期間が長期に及ぶようになったことや、高齢の患者が多くなっていることに触れ、サポートの必要性を訴える意見のほか、治療を医師任せにせず患者に自ら向き合ってもらうため、病状や治療についての理解を深めるような製薬会社のサポートを期待する声もありました。また、様々な患者がいる中では、診察時の情報提供だけでは十分でない、疾患啓発には病院・学会・医師の力だけでは不十分、として製薬会社のサポートを求める声も上がりました。

 

では、医師はどのようなサポートを必要としているのでしょうか?

実際にサポートを受けていると回答した医師を対象に、各社からどのようなサポートを受けているか尋ねた結果、肺がん領域の15社の平均で多かったのは「製品に関する患者説明用の情報提供」「患者説明用のハンドブック・ブックレットの提供」「疾患啓発の資材の提供」の順でした。ただ、サポート内容は会社ごとに特徴があり「患者説明用の情報提供」や「診断後の生活支援の情報」は小野薬品工業、「患者説明用のハンドブック・ブックレットの提供」や「疾患啓発用の資材の提供」は中外製薬のサポートを受けた医師の割合が高いことがわかります。また、ノバルティスファーマは「看護師への助言・サポート」が他社よりも高めです。

 

このような医師が製薬各社から受けているサポートは、果たして役に立っているのでしょうか?
肺がん領域の15社について、個別の企業ごとにサポートが役立っているかどうか尋ねたところ、最も評価が高かったのは中外製薬で15社平均の23.9%を10ポイント以上も上回る35.5%でした。次にノバルティスファーマ、小野薬品工業の順です。なお、この調査は具体的なコンテンツではなく、総評として企業ごとに「とても役に立っている」から「全く役に立っていない」までの5段階で尋ねています。

 

それでは役に立つサポートとは何でしょうか?

自由記述で尋ねたところ医師からは次のような意見が寄せられました。


  • 患者説明用の資材などは年々、より患者目線に沿ったものが供給されるようになってきていて良い(30代国立・公立病院 医長)
  • Webサイトの充実。コロナ前のような講演会メインに戻らない方が良い(50代国立・公立病院 部長)
  • 治療の選択肢が多く、複雑になっている。情報を整理して伝えてほしい(50代国立・公立病院 部長)
  • 情報が氾濫している。製薬会社から正しいポリシーを表明する必要がある(40代国立・公立病院 勤務医)
  • 患者サポートに関する情報提供、講演会の案内(40代国立・公立病院 助教)
  • 副作用や不安に対するサポート(40代国立・公立病院 助教)
  • 副作用時の緊急対応(40代国立・公立病院 医長)
  • 毎日24時間 on timeで簡単にWebでアクセスできること(40代国立・公立病院 助教)
  • 地域連携(50代私立・一般病院 副院長)

 

 

製薬会社の努力も伝わっており、年々良くなっていると高い評価がある一方で、治療の選択肢が多く、複雑になっているのに、情報が氾濫しているので、製薬会社から正しいポリシーを表明して欲しいという声も上がっています。また、副作用に関する要望も大変多く、不安に対するサポートや24時間アクセスできるようにして欲しいなど、緊急時の対応も求められています。


患者にも今後どんな情報があったら助かるか聞きました。

現在受けている以外の治療法や新しい薬、治験など医療に関する情報だけでなく、生活の仕方や他の患者の経験談など、闘病生活の参考になる情報も欲しいことがわかります。

調査では患者の情報収集の方法についても聴取しました。現在はインターネットの活用が進んでいるものの、やはり圧倒的に主治医や看護師など医療従事者経由で情報を取得している患者が多数を占めました。従って患者に対する医療従事者向けのサポートは、より患者のニーズを反映しながら提供すると、お役立ち度が上がりそうです。

 

実際にサポートを受けていると回答した医師を対象に、製薬各社にどのような印象を持っているかも質問しました。企業イメージとして17項目聴取した結果、15社中一番評価が高かったのは中外製薬でした。具体的な企業イメージについて、15社平均と中外製薬の数値を比較したのが次のグラフです。

 

15社平均は上位に「患者向けの情報提供に熱心」「医療従事者向けの情報提供に熱心」「患者視点で製品開発をしている」などが並びますが、いずれの項目も中外製薬は平均を大きく上回っています。医療従事者向けと患者向けの両方のサポートに取り組んでいることがしっかりと浸透し、イメージとしても醸成されていることがわかります。また、企業経営という視点においても、他社に先行している様子がうかがえます。

 

医療従事者へのサポートや患者へのサポートなど、製品提供以外の活動に熱心に取り組むことは企業イメージに影響を与えているのでしょうか?
今回の調査では、回答した医師の81%が企業イメージに影響すると答えており、26%は「とても影響を与えている」と回答しています。

取り組みの理解・浸透が進むことで、ポジティブな企業イメージが醸成されていくことにつながります。では具体的にどんな企業の印象があるのでしょうか?

調査では、それぞれの製薬会社について、「製品から(8項目)」あるいは「製品以外から(9項目)」、どのようなイメージを抱くか分けて聴取。「製品から」および「製品以外から」、それぞれいずれかの項目についてイメージを抱くと回答した割合を比較しました。

もちろん製品が特に重要な業界ではあるため、基本的には製品からのイメージ想起のほうが強いです。その中でも、中外製薬は「製品以外から」のイメージ醸成が比較的強いと言えます。ファイザーは製品以外よりもやや製品寄り。このバランスが、会社によって傾向に少し違いがあります。

企業の評価とは、そもそも製品と製品以外に分けて見ていく必要はないでしょうか?
製品を通じた企業評価は、間違いなく製品の効能や効果がベースになるため、新薬の開発力にも左右され、製品を通じたイメージや評価を上げるのはかなり時間を要するアプローチといえます。一方で、製品以外の活動は取り組みやすく、医師や看護師、患者が求めているもので、そのニーズに沿うことで医師への理解や浸透、関心も期待できます。


製品以外の活動を通じて、ブランドの形成まで至っていると言っていい企業はどこでしょうか?
中外製薬やバイエル薬品などはその域に達しているといえるかもしれません。その他の企業の多くは、製品使用のレベルに留まり、まだまだ製品以外で企業のイメージを醸成していくのはこれからといえます。

企業価値・ブランド力につなげるためのアプローチとは?

製品以外の活動とイメージ醸成に取り組む効果について、私たちは2つポイントがあると考えています。
1つ目は、処方の検討に加わる機会の創出です。薬は一般消費財と異なり、製品が知られて人気が出ればどんどん売れると言うものではありません。患者数により処方できる量が決まっている中で、他社からスイッチできるか、または処方の選択肢に加えてもらえるかは、製品の良さだけでなく医療サポートで関心を集めるなど、プラスの要素を加えることができるのではないかと考えられます。企業姿勢やイメージが醸成されている企業であれば、医師も関心を持ち、選択の俎上に上がる可能性を高められると考えます。製品を通じた好感や共感と言う言葉は、消費者とは違い、医師との間では当てはまりません。その企業に対して共感を持つ、企業の取り組みに対しての印象は、やはり製品以外からの活動や情報からです。
2つ目は、社会の変化への対応です。企業活動を見る視点は変化をしています。効果が高い新薬を提供できる企業だけが評価される時代ではもうありません。患者に対峙する医療従事者へのサポートは、企業姿勢としても評価され、良好な企業イメージを醸成し、強いては企業価値向上につながると考えます。この場合のブランディングは、広告やプロモーション、セールスの手段ではなくて、経営の手段として、このような取り組みは価値創造につながると私たちは考えています。

製薬会社と言っても、先発品メーカーと後発品メーカーとでは、やはり必要な要素やブランディングの方向性が大きく違っています。先発品メーカーは、より製品を中心に製品周りでのサポートや情報提供が求められる、製品を中心としたブランディングとなります。一方で、後発品メーカーでは、製品は品質や製品への信頼、そして何より安定した製品供給が求められるという観点での製品評価になります。また、製品以外では販売体制の強さのほか、MRやMSなど人を通じた対応力、そしてコンプライアンスが鍵を握り、満足をしてもらえるかどうか、継続して利用してもらえるかどうかは、製品の品質に加えて、より顧客満足(CS)を中心としたブランディングといえます。

 

調査によって、企業評価・ブランド力を見える化することができます。
製薬会社において、製品評価は以前から数多く実施されていると思いますが、そろそろ、それ以外の医療サポートの利用実態やツールの評価も測定すべきではないでしょうか。役に立っているのか、あるいは、評価してもらえているのか、医師や看護師の意見を聞いて、サポートのブラッシュアップにも役立てられると考えます。また、企業としての評価、ブランドの実力を確かめることは、グローバルで活躍したい企業には間違いなく必要なアプローチです。

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