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Smart Work経営がもたらす生産性向上 ~日経「スマートワーク経営」調査2018解説セミナー講演採録

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 今年が第2回となる日経「スマートワーク経営」調査が始まりました。昨年の第1回調査は上場企業と有力非上場企業602社にご回答いただきましたが、第2回はこれを上回る規模のご協力を賜りたいと願っております。そこで、日本経済新聞社と日経リサーチは調査開始に先立つ5月23日、東京・大手町の日経ホールで、今年の調査内容などに関する解説セミナーを開きました。当日は、調査対象企業の担当者様など254人にご参加いただき、「スマートワーク経営」調査の趣旨や意義への理解を深めていただきました。今回は当日のプログラムの中から、調査監修者のお1人である、東洋大学経済学部の滝澤美帆( たきざわ みほ)教授による基調講演「Smart Work経営がもたらす生産性向上」の内容をご紹介いたします。滝澤先生は現在、第1回調査の結果を基に、生産性向上につながる企業の取り組みについて研究を進めておられます。

 

第2回調査の概要はこちら

はじめに

 私はこの15年ほど生産性の研究に取り組んでいるが、この2、3年、生産性に関して、世の中の関心が強いと感じている。ポール・クルーグマンは著書の中で「生産性がすべてというわけではないが、長期で見るとほとんどすべてである」と述べている。日本や米国など先進国の経済において、生産性が非常に重要な指標で重要な役割を果たしているのだ。

日本の労働生産性

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日本の労働生産性はと言うと、OECDのデータに基づき、日本生産性本部が発表した2016年の就業1時間当たりの付加価値額は46ドルだった。購買力平価で換算すると4694円になる。米国の3分の2の水準で、OECD加盟35カ国中20位。この統計は1970年から公表されているが、主要7カ国の中で日本はずっと最下位が続いている。

 日米で労働生産性の水準を産業別に比較してみよう(数値は2015年)。米国を100とした場合、日本で米国より生産性が高い産業は化学しかなかった。一方、サービス産業を見ると、横幅は経済全体に占める付加価値のシェアだが、付加価値シェアの大きい卸売・小売業でも31.5、宿泊・飲食業、運輸・郵便業も50を下回る水準で、日米格差が大きかった。

 

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ドイツとも比較・分析した。労働生産性がドイツより高い産業がいくつかある。機械・情報・通信機器は約2.2倍であるし、自動車など輸送用機器もかなり高い。サービス産業では金融・保険業も100を上回る。一方、サービス産業の卸売・小売業や情報・通信業などはドイツの3分の1程度の水準で、産業間でかなり異質性が高いことが分かった。

日本経済に対して悲観的な評価を下しているように思われるかも知れないが、私は生産性の向上を通じた経済規模の拡大の余地がまだ日本経済に残されていると考えている。こうした視点から、産業レベルではなく、企業レベルの活動に注目する意義が出てくる。

 

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日本の労働生産性水準は2015年で製造業は米国の7割、ドイツの9割、サービス産業は米国の5割、ドイツの6.5割程度だ。日本のサービス産業の生産性は統計がサービスの質を考慮していないから低いのだ、という指摘があるので、日米両国のサービス経験者に、日本のサービスを米国で経験できるなら、いくら上乗せして払えるかを聞き、そこで得られた平均2割弱日本のサービスに対して米国よりも高く支払ってもよいという数値を使って労働生産性を調整した。その結果、教育以外の水準は上がったが、日米間の差を埋めるほどではなかった。サービスの質を統計上処理できていないから、サービス産業の労働生産性水準が低いという議論は必ずしも当てはまらない。

 

 経済全体の生産性の変動は産業レベルの変動に影響される。産業レベルの変動はミクロレベルの活動により引き起こされるため、ミクロレベルの活動の生産性に対する影響を見ることが重要だ。ここからは企業レベルの生産性に注目して話を進めて行きたい。

「生産性ダイナミクス」と企業調査データ

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 生産性とはアウトプットとインプットの比率である。それぞれに何を取るかで色々な生産性がある。有名なのが労働生産性で、労働者1人当たりや労働時間1時間当たりのアウトプットを測る。これ以外にも全要素生産性(TFP)や資本生産性などがある。

 アウトプットとインプットの比率なので、生産性向上のパターンはいくつかに類型できる。例えば、インプットを減らしてもアウトプットが増える、非常に効率的に生産性を上げられるエフィシェントなケース。一方、アウトプットは減っても、インプットがそれ以上減っている場合も生産性は上がる。これは消極的なパッシブケースと分類している。

 

 アジア上場企業データベース2010を使って資本規模と労働生産性の関係を図にした。上場企業では、製造業もサービス業も規模が大きいほど生産性が高い傾向がある。製造業とサービス業を比べると、サービス業のバラつきが大きい。

 

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 さらにサンプルを卸売・小売業に絞ると、同じような資本規模でも、たて(=労働生産性)のバラつきが大きい。なぜ同じ資本を投下しても、生産性の良い企業と悪い企業があるのか。1人当たりが生み出す付加価値額の大小が何により引き起こされるのかという問題に帰着する。


 こうした生産性水準の変動や産業間の違い、企業間の異質性を「生産性ダイナミクス」と呼ぶ。生産性ダイナミクスには日本企業のデータを使った分析がある。研究開発投資やICT投資、人的資本・組織資本などの無形資産を蓄積している企業の方が生産性は高く、こうした投資を行うことで生産性が上がるといった実証結果がいくつかある。

 こうした先行研究は基本的に公開されている財務情報を基に、企業が研究開発費や広告宣伝費、情報通信費にいくら使ったかを観察し、研究開発投資やICT投資、無形資産投資がどの程度行われていたのかをある仮定のもと算出し、企業の生産性との関係を分析している。だが、企業レベルの活動はこうした財務情報で見られるものより遥かに複雑化、多様化している。私たちは企業レベルでの生産性ダイナミクスの決定要因を捉えるため、財務情報に加えて、日経「スマートワーク経営」調査の膨大な設問を通じ、企業行動や経営戦略と生産性がどういう関係にあるのか科学的な手法を用いて分析し、明らかにしようと試みている。

生産性とプラスの相関関係がある変数とは?

6719_sw22 昨年度の同調査の有効回答は602社。上場企業の16%だが、時価総額全体の61%を占める。ランキングの最上位、偏差値70以上の企業13社中、2018年3月期に純利益で過去最高益の見通しの企業が7社もある。もっとも、回答企業と非回答企業の営業利益率の平均値の推移を見ると、ランキング上位に入らずとも、回答企業は良い企業だと言える。

 企業にとってこの調査に回答する最大のメリットは、自社の活動を把握・見える化できる良い機会が得られることだと思う。これをきっかけに、生産性など企業パフォーマンス向上の糸口をつかむこともできるだろう。

 私たちは現在、昨年度の「スマートワーク経営」調査の回答データを基に、日経「スマートワークと生産性の関係」の分析を進めているが、ここでこれまでの成果を暫定的に報告したい。ご回答いただいた調査項目を余すことなく使いたいと考え、機械学習の手法を用いて解析した。膨大な全設問項目の中から、生産性と関係がある変数だけ抜き出すよう機械に指示した。以下は結果の抜粋で、変数はもっとあるが、そのうちの一部を抜き出した。

結果の抜粋

  生産性との相関
経営層に関する設問
社外取締役数(比率)
女性社外取締役数(比率)


社会貢献・CSRに関する設問
社会貢献活動費(比率)

ダイバーシティの推進に関する設問
健康経営優良法人認定
LGBTへの施策:家族手当・休暇を同性パートナーへ拡大


多様で柔軟な働き方に関する設問
育児休業取得経験者:男性非正社員
一時的な短時間勤務制度利用者数:正社員男性


 

 社外取締役比率や女性社外取締役比率、社会貢献活動費比率などが高い、健康経営優良法人に認定されている、LGBTへの施策を行っている、男性非正社員の育児休業取得経験者や一時的な短時間勤務制度の利用者が多い企業は生産性が高かった。

結果の抜粋

  生産性との相関
正社員の多様な勤務体系に関する設問
短時間勤務正社員(比率)
所定内労働時間限定正社員(比率)
職務限定正社員制度有り



労働時間・休暇取得・健康保持・増進に関する設問
2016年度の正社員年間総実労働時間
2015年度の正社員年間総実労働時間
休日・休暇取得奨励策:年間の取得計画を事前に提出



イノベーションに関する設問
海外の大学等との共同研究プロジェクト数
部長クラスで決済できる研究開発費の上限


 

 

 短時間勤務正社員や限定正社員の比率が高い、労働時間が短い、休みの計画を事前に提出しなくていい企業も生産性が高いというプラスの相関関係が得られている。イノベーションに関しては、共同研究プロジェクト数が多い、研究開発費の部長クラスで決済できる上限額が高い方が生産性は高いという結果を得ている。

 こうした変数で生産性を予測できるのか。機械学習の手法で予測の精度を評価した。AUCという指標を用い、全設問から選び出した変数を使って生産性を予測したところ、全設問で0.74、人材活用に関する設問のみで0.70となった。AUCは0.7~0.8以上あると良いとされる。現段階では、生産性を予測するため機械が選び出した変数は有用だと言える。  まだ生産性との重要な相関関係を抽出したに過ぎないが、予測という意味では割と良くフィットしており、個別企業の事例分析にとどまらず、ある程度システマチックな手続きの下で、具体的な取り組みと生産性の関係を明らかにできたのが、中間段階の成果だ。

生産性を向上させる取り組みを探るために

 では企業はどうしたら、如何なる取り組みを進めれば、生産性が改善するのか。この「因果関係の識別」は何らかの実験的なものを行わないとなかなか難しい。そこで重要なのが、継続的にアンケートにお答えいただくことだ。そうすることでデータが毎年蓄積していく。そうした「パネルデータ」の情報を使って、施策とパフォーマンスの分析を進めると、因果関係にまでタッチするような研究ができると思う。

 また、生産性の高さと相関関係のある取り組みの中で、どういった施策を並行してやるとより生産性が上がるのか。これから私は最終報告までに、生産性の高い企業でどういう取り組みが、どういうコンビネーションでなされているのかを探りたい。機械学習の手法でそうした取り組みを探し、生産性を上げるためにはどうしたらいいかという問いに答えたい。具体的に何と何が重要だと分かれば、企業もやってみる契機になるのではないか。

 こうした分析を積み重ねることで、生産性を向上させる働き方を見出せるかも知れない。正に生産性を向上させる働き方改革の実装のタイミングに来ているのではないか。その実装のために皆さんのお力をお借りして、分析の結果を確たるものにしていきたい。

 何が良いかが分かっても、実証結果がないとなかなか企業内の取り組みには移せない。取り組みを変える際に発生するフリクションに対応するための裏付け材料の1つとして、日経「スマートワーク経営」調査の分析結果を役立ててもらえるよう、私も努力していきたい。私たちが培ってきた知識と現場の力を融合させるタイミングにある。皆さんの力をお借りして、生産性向上に向けた取り組みを進めていきたい。

 

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