データが導くBtoB新規事業の成長戦略|顧客ニーズを発掘する「3ステップ」とは
激しい競争環境の中で新規事業・新サービスを開発するには、スピーディーかつ確かな意思決定が求められる。そのために必要なのは、意思決定を後押しする「顧客ニーズの把握」だ。
今回は、顧客ニーズを発掘する「3つのステップ」を通じて、BtoB新規事業をデータドリブンで推進する方法を解説する。
はじめに
日経リサーチが、経営者・役員クラスのビジネスパーソン1,753人を対象に行った調査では、「5年後に直面しているだろう事業課題」の2番目に「新規ビジネスの立ち上げ・強化」が挙げられた。
5年後に直面しているだろう事業課題
新規事業の成功確率を高める代表的な考え方が「データドリブン」だ。一般的には、リスクの最小化や、トライアルの精度向上、提供価値の向上といった効果が期待できると言われている。要は、データが失敗する確率を下げ、成功時の提供価値を最大化する道筋を示してくれるということである。
新規事業をデータドリブンで進める3ステップ
では、どのようにデータドリブンで新規事業を進めていくべきか。そのための「3ステップ」は、以下の通りだ。
・市場における自社の強みを知る
・強みをもとに、仮のターゲット市場を考える
市場が自社についてどう思っているのかを調べ、ここで分かった強みをもとに新規市場の仮のターゲット市場を考える。業種だけでなく、職種(例:人事職、営業職)や、特定の業務や役割に就いている人(例:マーケティングリサーチ業務の人、サービス導入の決裁者)などを対象としても良いだろう。
・ターゲット市場の課題・ニーズを把握する
・市場のニーズ×自社の強みを掛け合わせて、コンセプトを生み出す
ステップ1で考えたターゲット市場におけるビジネス課題やニーズを調べ、ステップ1で明らかになった自社の強みと掛け合わせて、新規事業のタネとなるコンセプトを生み出す。
・コンセプトをターゲットにあてて、検証する
実際のターゲットに向けて、ステップ2で生み出したコンセプトをあてて、検証する。
3ステップは必ずしも一方通行ではなく、サイクルを回しながらブラッシュアップをしていくことが想定される。例えば、コンセプト検証の結果が思わしくなかった場合は、前のステップに戻って考え直すこともある。
事例をもとに疑似体験
ここからは仮想シナリオとして、「3ステップ」を追体験していく。
想定するのは、クラウドサービス(SaaS)を提供する架空のA社。経費精算の特化型システムにおいて、導入者数No1という市場地位を確立している。使いやすく、業務効率化を実現できることと、国内企業の独自の慣習や法制度への対応が強みである。
この既存製品の強みを活かして、新たに勤怠システムの事業を立ち上げる、という新規事業担当者の立場に立って、プロセスを追っていく。
【前提】
- クラウドサービス(SaaS)を提供する架空のA社
- 経費系の特化型システムで市場の地位を確立しており、次のビジネスの種を探している
【現状の強み】
- 経費精算システムは、使いやすく、業務効率化を実現できることが評価されている
- 日本国内企業のため、独自の慣習や法制度への対応もしている
ステップ1 製品・サービスの強みを知る
強みを知るためには、「製品・サービスのブランド評価」を調査で得ることが有効だ。自社や類似サービスを提供する競合社の認知度や印象・評価を聞くことで、客観的なデータとして自社の立ち位置が把握できる。調査の対象者を、実際に製品・サービスに関わっている人(導入関与者や利用者)に絞ることがポイントとなる。
調査結果によると、「それぞれの製品・サービスについてよいと思う点」として、A社は競合社に比べて「特定分野に特化した機能」、「サービスの使いやすさ」、「保守・サポート」で、高い評価を得ていることが分かった。
また、「製品・サービスの良い点」をコメントで回答してもらった結果、「経費-簡単」「面倒-効率化」「ルール-対応」「エクセル-無い」といった単語が多く出現した。
これらの結果から、「特化型ですぐに使えるバックオフィス効率化サービス」が、A社の強みとして評価されていることが分かった。
この「バックオフィス業務の煩雑さが解決できる特化型のサービス」という強みを活かして、「煩雑な業務を抱えて困っているバックオフィスのどこかの市場」をターゲットにした事業を考えよう、という方向性が決まった。
ステップ1でわかったこと
- 強み:特化型ですぐに使えるバックオフィス効率化サービス
- ターゲット:煩雑な業務を抱えて困っているバックオフィスのどこかの市場
ステップ2 ターゲット市場の課題・ニーズを知る
では、バックオフィスで煩雑な業務を抱えて困っているのは誰だろうか。新事業のコンセプトを考えるにあたって、ターゲット市場の具体的な条件や、その人の課題感を深掘りしていく必要がある。深掘りする手法は様々あるが、調査で把握するのも一つの手段だ。現場の実務者の声や、課題が生じる具体的な業務シーンまで把握することがポイントとなる。
今回のケースでは、バックオフィス業務に従事するビジネスパーソンを対象に調査を実施したところ、様々な担当業務の中でも、「勤怠管理」を課題としている人が多いことが明らかになった。
また、「勤怠管理の業務における課題」をコメントで回答してもらったところ、「エクセル」「忘れる」「面倒」「手間」「計算」「ルール」などのキーワードが頻出しており、Excelでの手作業や、ルールの手間に起因する課題があることが分かった。具体的なコメントを読み込むことで、課題感がリアルに浮かびやすくなる。
ステップ2でわかったこと
- バックオフィス業務で課題感が多いのは「勤怠管理」
- Excel管理が横行しており、ルールが細かく面倒であるという課題感がある
この「市場のニーズ・課題」と、ステップ1で特定した「自社の強み」を掛け合わせてコンセプト案を考える。
コンセプト案は、キーメッセージだけでなく、具体的な機能・特徴や、システムの画面イメージなども含めて作成することで、よりリアリティを持たせ、後の検証に役立てることができる。可能であれば、ランディングページのような形式で作成すると、競合比較もしやすくなり、検証をより効果的に進めることができる。
ステップ3 コンセプトを検証する
生み出したコンセプトが、実際にターゲットに受け入れられるか。その検証として、調査を有効に使う方法を説明する。
このステップでも、コアターゲットとなる人に絞って調査を行うことが重要だ。特に、製品の導入・選定に権限を持っている層の意見を聞くことで、精度の高い検証が可能になる。また仮にコンセプトが受け入れられなかった場合や、さらに良くするためにはどうすればよいか、コンセプトのブラッシュアップのための情報を収集することも欠かせない。
今回のケースでは、「勤怠管理効率化サービスのコンセプト案をみて、利用したいと思うか」、「魅力的だと思った点はどこか」、「勤怠管理システムの選定時に重視する点は何か」といった質問に対する調査結果を見ていく。
「サービスを利用したいか」という質問に対し、約70%が「利用したいと思う」「やや利用したいと思う」と回答し、コンセプトは概ね受け入れられることが分かった。しかし、「魅力的に思った点」や「重視する点」を掘り下げると、自社の強みであるはずの「使いやすさ」が競合サービスと比較して十分に伝わっていない可能性や、「価格の妥当性」「他のシステムとの連携のしやすさ」といった別の訴求点が見えてきた。
ステップ3でわかったこと
- コンセプトはおおむね受け入れられている
- 競合と比較してよい部分は、「特化」「複雑なルールへの対応」
- 不足部分は「使いやすさ」「価格」
- 具体的な重視点として他システムとの連携や利用者へのサポートがあり、この点も抑えたコンセプトに修正する必要がある
ターゲットに受け入れられたコンセプトでも、改善が必要なポイントがあることが分かる。この修正は、実際の製品設計に活かすうえで重要な情報となる。コンセプト修正後、再度検証を行うか、あるいはこの段階で得られた情報をもとに製品開発を進めるかは、企業の戦略次第だ。
新規事業はどこの新しい部分を狙うかで変わる
なお、新規事業の進め方には、大きく2つのパターンがある。
一つは、今回のケースのように既存製品である経費精算システムの強みを活かして、勤怠管理という新規市場に展開していくケース。もう一つは、既存市場への強みを生かして新製品を提供するケースだ。
新市場を狙う場合と、既存市場を狙う場合で、ステップ2の進め方に少し違いがある点をおさえておきたい。
新市場を狙う場合:「自社の強みで解決できる課題」を起点に市場を探す
新製品を作る場合:「市場」を起点に、自社の強みの転用で解決できる新しい課題を探す
実施のポイント
実際に3ステップを実践するうえでポイントが2つある。
現在の状況を正しく理解し、適切なステップから始める
必ずしもステップ1から始める必要はない。すでに信頼できるコンセプト案があればステップ3から、ターゲット市場の課題感が明確ならステップ2の後半から、といったように、今ある情報と進捗状況に応じて開始点を見極めることが重要だ。
必要な情報があるか、どこからどう集めるべきかを吟味する
自社が持っている情報が本当に客観的で信頼できるのものなのか、不足している情報はないのかを常に問いかける必要がある。例えば、自社視点の強みが顧客視点でも強みといえるのか、営業が拾ってきた顧客の声が真に市場の声か、といった吟味だ。
また、検証における時間とコストのバランスも考える必要がある。例えば、調査ではなくプロトタイプを用いた営業活動のなかでコンセプト検証をするアプローチも考えられる。ただ、営業担当が個別に提案を行いフィードバックを得るには、調査と比べて1回答あたりのコストに差が出るため注意が必要だ。
また商品を実際に試作するよりも、コンセプト段階で検証を重ねることで、開発コストやリスクを抑えられるケースもある。コストと得られる結果のバランスを考慮して判断していくのがよいだろう。
おわりに
新規事業をデータドリブンで進めるための「3ステップ」を紹介してきたが、肝心なのは、本当に必要な人たちのリアルな声を聞くことだ。
広く浅くではなく、具体的な課題解決に繋がる情報が、優れたコンセプトや製品を生む。また、現状の情報をもとにスタート地点を見極めつつ、その情報の客観性や不足を見極め、必要に応じて調査で補完することが重要だ。
この記事を書いた人

- BtoBマーケティングリサーチャー
- 鈴木 真生
「日経IDリサーチサービス」を主に担当するほか、BtoBビジネスのマーケティング課題解決をリサーチの視点から幅広く支援する。専門分野はBtoBブランディング、BtoBの新規事業やニーズ、業務課題などのマーケティングリサーチ、世論調査。社内のリサーチャー教育も担当する。専門統計調査士、Advanced Marketer、日本マーケティング学会員。
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