失敗から学ぶBtoB新規事業における市場ニーズの真の捉え方
激しい競争が繰り広げられるビジネスの世界で、新規事業や新サービスを成功に導くためには、市場ニーズを正確に把握することが不可欠です。日経リサーチの自主調査では、ニーズ調査を行って実際に把握できた、やや把握できたと思っている方が調査をした方の半分くらいになっていると結果が出ています。しかし、「なんとなくニーズが把握できた」という曖昧な理解は、時に大きな失敗を招く危険をはらんでいます。本コラムでは、失敗事例を参考に、市場ニーズの真の捉え方について解説していきます。
「美味しいコーラ」が招いた失敗:ニューコークの教訓
ニーズの誤解による失敗事例として、マーケティングを学んだことのある方にはお馴染みのアメリカのコカ・コーラの「ニューコーク」の事例が挙げられます。1980年代、ペプシコーラにシェアを奪われていたコカ・コーラは、20万人の大規模な味覚テストを実施し、より評価の高いニューコークを開発しました。
しかし、販売は不振に終わり、わずか2ヶ月半で従来のコカ・コーラの販売を再開せざるを得ない事態に陥りました。この失敗の要因の一つは、ニーズの読み違えにあります。コカ・コーラのユーザーが求めていたのは、「美味しいコーラ」ではなく、あくまでも「コカ・コーラそのもの」だったのです。味の変更は、ユーザーが持つ「コカ・コーラ」というブランドへの愛着や経験を損なう結果となりました。
この事例は、世界的な大企業でさえ、ニーズを正しく把握することがいかに難しいかを示しています。彼らは「美味しいコーラを作れば売れるはず」とニーズを分かったつもりになっていた結果、失敗してしまったのです。BtoBの新規事業においても、同様の事態は頻繁に起こり得ます。では、どのようにすれば真のニーズを正しく把握できるのでしょうか?
BtoBビジネスにおけるニーズ把握の二つの落とし穴
BtoBビジネスにおけるニーズ把握の難しさは、主に二つのポイントに集約されます。
1. 「誰」のニーズを捉えるか
BtoB取引では、多様な立場の人が関与します。例えば、製品やサービスを「実際に使う現場の担当者」、導入の可否を判断する「決裁層」、事業全体の費用対効果を重視する「経営層」、システム連携やセキュリティをチェックする「システム部門」、契約や購買条件を重視する「購買部門」など、それぞれの立場によって注目するポイントや意思決定基準が異なります。
現場のニーズを捉え、「これは良い商品だ」というデータがあっても、決裁層から「費用対効果が悪い」、システム部門から「既存システムとの相性が悪い」、購買部門から「価格が高すぎる」といった理由でNGが出ることは珍しくありません。現場が「良い」と思っても、必ずしも決裁層などの関与者全ても「良い」と思うとは限らないのです。
したがって、誰の意見を聞くべきかを、役割や関与度合いなど様々な条件で詳細に検討することが極めて重要です。経理システムの選定に、経理部の新入社員に聞けば十分なのか、それとも経理システム導入に関与するリーダー社員の意見を聞くべきなのか。 DX支援の選定では、システム部門に聞くべきなのか、DX推進プロジェクトのリーダーに聞くべきなのか。誰の意見が必要なのか、どのような関与者がいるのかしっかり検討しましょう。
2. 「どのような」ニーズを捉えるか
コンセプトを提示して「これ、良いですか?」と尋ねるだけの調査では、ユーザーは「なんとなく良さそうですね」といった表面的な回答しか得られないことがあります。これは、回答者が「お金を払って使う」という具体的な状況を想定していなかったり、詳細な点を考慮せずに答えているためです。
その結果、いざ営業の場面になると、「この機能がないと使えない」「他社でも同レベルのものはある」「現状、特に困っていない」「価格が高すぎて人件費をかけた方がマシ」など、具体的な課題や競合優位性、費用対効果に関する指摘を受けて、契約に至らないケースが発生します。
BtoB取引において、「なんとなく良いから買う」という意思決定は起こりません。何がどのように評価されているのか、競合と比較して優位性があるのか、自社の強みが正しく伝わっているのか、導入後の効果や他システムとの連携はどうなのか、といった、契約判断に直結する具体的かつ深い情報を検証することが不可欠です。単に「良いか悪いか」ではなく、「この機能はどうですか?」「競合と比較してどう思いますか?」と、極めて具体的に内容を掘り下げていく必要があります。
真の市場ニーズを捉えるための3ステップ
これらの落とし穴を避け、真の市場ニーズを捉えるためには、次の3つのステップで思考し、行動することが求められます。
1.「何が分かればビジネスが前に進むのか」を明確にする
まず、最も重要なことは、自社の新規事業を次の段階に進めるために、どのような情報が必要なのかを具体的に洗い出すことです。例えば、「この情報があれば投資判断ができる」「この情報で具体的な機能要件が確定できる」「適正な価格設定ができる」といったように、ビジネス上の具体的なアクションに結びつく情報を特定します。単なる「なんとなく気になる」といった情報収集は避け、本当に使う予定のある、「この情報がないと先に進めない」というものに絞り込みましょう。
2.「それを誰に聞くのが最適か」を検討する
次に、特定した「必要な情報」を得るために、誰に意見を聞くのが最も効果的かを詳細に検討します。前述のように、BtoBでは現場担当者、決裁者、経営層、システム担当者、購買担当者など、多岐にわたるステークホルダーが存在します。例えば、機能に関するニーズは現場担当者から聞けるかもしれませんが、投資効果については経営層や決裁層から聞く必要があります。調査を行う上では、闇雲に数を集めるのではなく、「回答者の質」と「回収数」のバランスが重要です。たとえ少人数であっても、聞くべき人(例えば、DX推進のリーダー層や、特定の業務における選定権限を持つ人)にきちんと聞くことが、質の高い調査結果に繋がります。1万人の主婦に経理システムについて尋ねるよりも、100人の経理担当者に尋ねる方が、はるかに有益な情報が得られるのと同様です。これを整理するために、「何を聞くべきか」と「誰に聞くか(誰から聞けるか)」を組み合わせたマトリクスを作成し、それぞれの交点に必要な情報が得られる可能性を評価(例:丸印や二重丸印で表示)すると効果的です。これにより、優先順位の高い情報と、それを得るために最適なターゲットを可視化できます。
3. 実際に調査・検証を行う
最後に、これらの検討を踏まえて実際に調査を実施し、特定したニーズや仮説を検証します。単に「ニーズがある」という抽象的な結果に終わらせず、「どのような機能のニーズがあるのか」「決済者がお金を払ってでも解決したいと考える課題は何か」といったレベルまで深く掘り下げて検証することが重要です。この詳細な検証こそが、「なんとなく分かった」という曖昧な状態から脱却し、「真の市場ニーズを確信を持って捉えた」と言える段階に到達するための鍵となります。
まとめ
BtoB新規事業における市場ニーズの把握は、簡単なものではありません。なんとなくできたと思って事業を進めていくと取り返しのつかない失敗を招くこともあります。どんな情報を誰に聞くのか、この2点をしっかり検討する。このことだけで失敗の確率を減らすことができます。
ニーズを正しく把握して、市場を真に理解することが、事業の失敗を避け、成功への確かな道を築くための第一歩となるでしょう。
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※本コラムは、日経リサーチの講演内容を基に再構成したものです。日経IDリサーチサービスは、ビジネスリーダー層をはじめとした質の高いビジネスパーソンを対象に深い洞察を得られる調査サービスを提供しています。
この記事を書いた人

- BtoBマーケティングリサーチャー
- 鈴木 真生
「日経IDリサーチサービス」を主に担当するほか、BtoBビジネスのマーケティング課題解決をリサーチの視点から幅広く支援する。専門分野はBtoBブランディング、BtoBの新規事業やニーズ、業務課題などのマーケティングリサーチ、世論調査。社内のリサーチャー教育も担当する。専門統計調査士、Advanced Marketer、日本マーケティング学会員。
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