ジョブ理論で解き明かすビール市場の消費者インサイト ~SegmentDiscovery®によるデータマイニング事例より~
近年、消費者の意識や行動はより多様化し複雑になってきています。それに伴い、「消費者の深いインサイトを知りたい」という企業側のニーズは、年々高まっているように思われます。そこで、今回はビール市場を例に、消費者のインサイトを①「ジョブ理論」の考え方と②日経リサーチ独自の分析手法「SegmentDiscovery®(セグメントディスカバリー)」を使って探ってみました。
※SegmentDiscovery®は機能を拡充し、サービス名を「keyeExplorer」に変更しました。keyexplorerの詳細はこちら。
ソリューション本部データサイエンス部
チーフ・データサイエンティスト 佐藤 邦弘
1. ジョブ理論とは?
「ジョブ理論」とは、『イノベーションのジレンマ』などの著者で知られるハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が、従来の運任せのイノベーションから脱却する方法として発表した理論です。
その根幹は、次のたったひとつの質問:
「どんなジョブ(用事・仕事)を片付けたくて、あなたはそのプロダクトを“雇用”するのか?」
に集約されます。この質問に対する消費者の答えを考え、消費者は「なぜ他の商品やサービスではなく、その商品/サービスを選んだのか?」をとことん追求することこそが、イノベーションの近道であるとクリステンセン教授は主張しています。
2. ミルクシェイクの“雇用”理由
ジョブ理論で有名なのが「ミルクシェイク」の事例です。それは次のような話です。
ある日、クリステンセン教授はファストフードチェーンのプロジェクトで、「どうすればミルクシェイクがもっと売れるか?」というテーマについて、ジョブ理論の質問を試してみることにしました。つまり、教授は「購入者は生活の中で発生している具体的なジョブ(用事・仕事)を片付けたくて、ミルクシェイクを“雇用”している」という視点で、ミルクシェイクの購入者を観察することにしたのです。
観察を始めると、午前9時前に車でひとりでやってきて、ミルクシェイクのみを購入して行く客が非常に多いことに気がつきます。そこで、朝、車でミルクシェイクを買いに来た客にヒアリングをしました。「なぜ、ミルクシェイクを購入したのか?」と聞いたところどの客も戸惑っていましたが、「では、ミルクシェイクが無かったら代わりに何を購入していたか?」という質問から、共通のジョブが浮かび上がってきました。
朝のミルクシェイク購入者のジョブは、「会社までの長く退屈な運転時間を紛らわしたい」「この先お腹が空いてくるのは確実なので、空腹も避けたい」ということであり、そのためにミルクシェイクを雇用していました。代替品の質問には、「バナナはお腹には溜まるけど、すぐに食べ終わるから退屈を紛らわしてはくれない」「ドーナツは屑が落ちるし、手がベタベタしてハンドルも汚れる」と答えていたことから、運転中に手を汚さず、飲むのに時間が掛かり、空腹を満たしてくれるミルクシェイクこそが、購入者のジョブを解決する最も優れたものとして雇用されていたのです。
3. ジョブ理論、ビール調査ならどうか?
■グラフ1:ビールを1カ月に1日以上飲む人の、ビール必要度
日経リサーチはこのジョブ理論の考え方を基に、ビールについて調査しました。調査テーマは「ビールをとても必要とする人たちは、どのようなジョブの解決を求めてビールを雇用しているのか?」です。1カ月に1日以上ビールを飲む人たちの中でも37%を占める、ビールが世の中からなくなると「ものすごく/とても困る人たち」をターゲットに定め(グラフ1)、日経リサーチ独自の分析手法SegmentDiscovery®(セグメントディスカバリー)を用いて回答データを分析し、どのようなジョブを解決するものとして、ビールを選んでいるのかを解き明かしました。
4. ビールをとても必要とする人の共通点
ミルクシェイクの例では観察を通じて、「朝、車でミルクシェイクを買いに来る客がやけに多い」というルールを見つけました。今回のビール調査では、SegmentDiscovery®(セグメントディスカバリー)を使って、「ビールをとても必要とする人たち」が多く含まれる層に共通するパターンをデータマイニングによって抽出したところ、次の13のパターンが見つかりました。(表1)
この表は回答者をこのパターンにあてはまる人(以下、セグメントと表記)に絞ると、ビールをとても必要とする人の割合が急増する、というセグメントをランキングにしたものです。例えば、1位は「普段ビールを1人でレストランや居酒屋で飲む」人たちで、全体の9%がこのように回答していますが、そのうちの70%はビールをとても必要とする人たちが占めています。全体のうちビールを必要とする人たちは37%でしたので、このセグメントには全体と比べて2倍近いビールを必要とする人たちが存在することになります。ランキングは①セグメントがカバーしているビールを必要とする人数の多さと②ビールを必要とする人たちの割合の高さ、の両方を評価する特徴量で順位付けをしています。
■グラフ2:セグメントの特徴を平均年齢×男
これらのセグメントの特徴をもう少しよくわかるように、平均年齢×男性の割合でマッピングしたのがグラフ2です。縦軸はこのセグメントの男女比率で、上にいくほど男性が多く、下にいくほど女性が多いことをあらわします。
このグラフで、円の面積はセグメントにあてはまる人数を表し、その中の赤い部分がビールをとても必要とする人たちをあらわします。ここから「子供がいる男性には、ビールを必要とする人がやけに多い」ことや、「親子飲みをする人は男女を問わず、ビールを必要とする人が多い」といったことが分かり、コミュニケーションツールとしてのビール市場の存在が浮かび上がってきます。
5. 深掘りしてみつけたジョブ
ミルクシェイクの例では、朝、車で買いに来た人にヒアリングしました。これと同じように、今回の調査でもビールの飲用シーンや、ビールが無かった場合の代替品、ビールが代替品よりも優れている点などを自由回答で聞きました。このテキストデータをSegmentDiscovery®(セグメントディスカバリー)でセグメントごとにテキストマイニングをすることにより、なぜ、そのセグメントにはビールを必要とする人が多いのか?その理由を浮き上がらせます。ここでは、分析を通じて見つけたジョブのうち、3つをご紹介します。
見つけたジョブ その1:
まず、1位のセグメント「居酒屋でもレストランでもビール」を必要とする人たちが自由回答でよく書く単語をテキストマイニングによる特徴単語ランキングで見てみます。
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | 仕事 | 5.2 |
2 | ジョッキ | 4.6 |
3 | 食べる | 4.4 |
4 | 毎日 | 4.4 |
5 | 飲む | 4.2 |
6 | 食べる | 4.0 |
7 | 居酒屋 | 3.9 |
8 | 生ビール | 3.9 |
9 | 同僚 | 3.8 |
10 | 行く | 3.8 |
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | ハイボール | 7.7 |
2 | スパークリング ワイン |
5.2 |
3 | ビール | 4.4 |
4 | 甘い | 3.2 |
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | 量 | 7.2 |
2 | 味 | 6.8 |
3 | よい | 6.1 |
4 | 香り | 6.1 |
5 | ゴクゴク | 4.8 |
6 | 独特 | 4.4 |
7 | コク | 3.9 |
8 | 合う | 3.9 |
9 | ビール | 3.8 |
10 | 食事 | 3.4 |
飲用シーンでは「仕事」がトップでした。具体的には、「仕事帰り」や「仕事が終わって自宅でご褒美に飲んだ」といった記述が見られます。代替品は爽快感を重視しているからか、「ハイボール」「スパークリングワイン」など、炭酸の入ったものが選ばれています。それに対するビールの優位性は「量」がちょうど良い、「味」が美味しい、「香り」が良い、「ゴクゴク」飲むときの喉ごしが良い、「食事」に合う、といった記述が並びます。
ここから、この人たちの解決したいジョブとして、「仕事が終わった後に、自分へのご褒美が欲しい」が浮かび上がります。ちなみに、このセグメントが特に好む銘柄はアサヒビールの「アサヒスーパードライ」。仕事が終わったことに対するイベントとして、ゴクゴク飲めて爽快感があるビールが選ばれているようです。
見つけたジョブ その2:
次に、5位のセグメント「マンション・持ち家所有の既婚者」でビールを必要とする人たちの回答傾向を見てみましょう。
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | リラックス | 5.8 |
2 | 週 | 5.3 |
3 | 場所 | 5.3 |
4 | 普段 | 5.1 |
5 | 生ビール | 4.8 |
6 | スーパードライ | 4.7 |
7 | 帰る | 4.1 |
8 | おかず | 3.8 |
9 | 食べる | 3.6 |
10 | ある | 3.5 |
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | 赤ワイン | 3.8 |
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | 量 | 4.7 |
2 | 味 | 4.3 |
3 | 缶 | 3.3 |
4 | キレ | 3.0 |
飲用シーンでは「リラックス」が最も良くあがりました。内容としては「自宅」でのリラックスや「自宅でほっとひと息」といった回答が見られます。ビールの代替品は「赤ワイン」。ビールの方が良い点は「量」のちょうど良さ、「味」の美味しさの他、「缶」の直接飲める気楽さ、などが挙がっています。
これらから考えられる解決したいジョブは、持ち家・マンションということも加味すると、「自宅のリラックスタイムをより完璧にしたい」が推測されます。なお、飲用シーンで「スーパードライ」が挙がっていますが、このセグメントが特に好む銘柄としては、サントリービールの「ザ・プレミアム・モルツ」やアサヒビールの「アサヒスタイルフリー」に支持が集まりました。
見つけたジョブ その3:
最後に6位のセグメント「小中高の子供がいる」ビールを必要とする人たちの回答傾向を取り上げます。
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | 食事 | 3.9 |
2 | 飲む | ▲3.3 |
3 | 夕飯 | 3.2 |
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | なる | 4.7 |
順位 | 単語 | 特徴量 |
1 | ホップ | 3.6 |
飲用シーンでは「食事」や「夕食」時に飲んだという記述が多かったのに対し、「飲む」という表現は特徴量がマイナス(▲)になっています。これは全体と比べて記述が少ないことを表しており、飲用シーンでは、「食事」が大きな特徴になっているようです。実際、自由回答の文章を読むと、ビールは「自宅」で「家族」との食事の際に飲まれているようです。代替品では「なる」が1位になっていますが、実際の自由回答の文章では「なる」の否定形「(代わりに)ならない」が多く見受けられ、このセグメントにとっては、他ならぬ「ビール」であること自体が重要だと思われます。また、このセグメントが特に好む銘柄には、「麦とホップ」や「サッポロ生ビール黒ラベル」など全体的にサッポロビール系が目立ちました。サッポロと言えば、「黒ラベル」は長年「大人の生」として宣伝活動を展開しています。このように見て行くと、ここでは「子供と一緒に家族揃っての夕食時に、大人のイメージのあるビールを飲むことで、父親としての存在感を発揮したい/父親であることを実感したい」というジョブではないかと推測できます。
6. まとめ
以上、ビール市場を例にSegmentDiscovery®を用いたジョブ発見の一端をご紹介しました。SegmentDiscovery®(セグメントディスカバリー)の特長は①対象を同質性の高い集団に絞り込んだうえで②セグメントごとに自由回答を交えてデータを深く掘り下げる、という2段階のデータ/テキストマイニングにより、消費者を分類し、特徴を可視化できるところにあります。しかし、そこにどのようなジョブが潜んでいるのか考え、見つけ出すのは、やはり人間にしかできない仕事です。SegmentDiscovery®は「消費者がなぜそれを選ぶのか?」を考えるヒントを、様々なデータの中からご提供いたします。
また、日経リサーチはSegmentDiscovery®以外にも多様な分析手法を使い、企業活動を取り巻くあらゆるデータを分析・可視化し、お客様が抱える課題を解決に導くデータ分析ソリューションをご用意しています。ぜひお気軽にお問い合わせください。
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(ソリューション本部データサイエンス部 チーフ・データサイエンティスト 佐藤邦弘)
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