自粛対応、飲食店選びの判断材料に「企業の社会的責任」消費者が意識
早稲田大学 政治経済学術院教授 河野 勝
新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために出された国や自治体の「緊急事態宣言」では、国民に不要不急の外出をしないことが求められただけでなく、様々な分野の企業に対して営業や活動を「自粛」することが促された。現行の日本の法制度のもとでは、こうした自粛は要請にとどまり、強制力を持たない。強制的措置をも含む立法が望ましいのか、さらには国家が危機的状況に陥った時に私権を制限できるように憲法を改正すべきかどうかは、この上なく重要な政治の問題である。将来、パンデミックが収束した後、これらの問題をめぐる論争が戦わされる際には、今回の「自粛」の効果や影響を様々な角度から検証し、その経験知が生かされなければならない。1
「自粛か強制か」の選択を議論する上では、「企業の社会的責任(corporate social responsibility)」の観点からの考慮も必要であろう。今回の緊急事態宣言のもとで、一般市民は企業にどのような行動をとることを期待したのか。もし、積極的に自粛に応じた企業をポジティブに評価し、一方自粛に応じなかった企業をネガティブに評価しているならば、強制力のない法制度のもとでも、自粛に応じることを企業が社会に対して負うべき責任として捉えていた、ということになろう。この問題意識を背景に、筆者は緊急事態宣言のもとで自粛に積極的に応じた企業とそうでなかった企業とを人々がどれほど明確に峻別しているのかに興味を持ち、日経リサーチが実施した意識調査を通して探ってみた。
この調査は4月23日(木)から 27日(月)にかけて「コロナウィルス感染拡大に関する意識調査」と題してインターネット上で実施し、日本全国の16歳から79歳までの男女合わせて2079人から有効回答を得た。調査の前半部分には外出の自粛が求められる中、どんな製品をどのような店舗または宅配サービスで購入したかという、回答者自らの消費行動に関する質問項目も多く含まれていた。しかし、本報告で注目するのは、自粛をめぐる企業の行動について尋ねた次の質問である。この質問にはAとBの二つのバージョンを事前に用意し、すべての回答者を無作為に二分割して、どちらか一つに回答するようにしてもらった。
[A] 現在一部の地域では、政府や自治体の緊急事態宣言にもとづき、人と人との接触を減らす目的で、カフェやレストランに対して営業時間を短縮するよう要請が出されています。こうした要請に従って営業時間の短縮に踏み切った店がある一方、なかには要請に従わず、通常通り営業を続けている店もあります。将来、宣言が解除された後に、あなたが外食する店を選ぶにあたっては、要請に従わず通常通り営業を続けた店かどうかは、どのように関係しますか。次の中から一つ選んでお答えください。
[B] 現在一部の地域では、政府や自治体の緊急事態宣言にもとづき、人と人との接触を減らす目的で、カフェやレストランに対して営業時間を短縮するよう要請が出されています。こうした要請に従って営業時間の短縮に踏み切った店がある一方、なかには要請された以上に、自主的に休業すると決めた店もあります。将来、宣言が解除された後に、あなたが外食する店を選ぶにあたっては、要請以上に自主的に休業すると決めた店かどうかは、どのように関係しますか。次の中から一つ選んでお答えください。
端的に、[A]は自粛要請に応じない行動をとった飲食店に対するネガティブな評価を測ること、一方[B]は要請された以上に自粛する行動をとった飲食店に対するポジティブな評価を測ることを、それぞれ企図している。どちらのシナリオでも、質問に対する回答は 1)そうした店には行かないようにしたい、2)どちらかといえばそうした店には行かないようにしたい、3)そうした店かどうかは関係ない、4)どちらかといえばそうした店には行くようにしたい、5)そうした店には行くようにしたい――の5つの選択肢から一つを選んでもらうこととし、わからないもしくは答えたくないという回答もできるようにした。
図1は、調査から得られた回答の分布を頻度を表すヒストグラムとして比較したものである。一見して明らかなのは、自粛要請の中で飲食店がとった行動が、一般市民にとっては将来の外食先を選択する上での重要な判断材料となっているという点である。このパターンは[A]と[B]のどちらの方向についても、すなわち要請に応じず自粛しなかった店について尋ねた場合についても、要請以上に自粛した店について尋ねた場合についても見受けられる。たしかに、飲食店の行動が将来の外食先の選択に「関係ない」と答えた回答者も、(どちらのバージョンでも)40%前後はいた。しかし、その割合よりも、 [A]の想定のもとでは、自粛要請に応じなかった店に「行かない」「どちらかといえば行かない」と回答した人の割合(約57%)の方がはるかに高い。[B]でも、[A]ほどではないものの、要請以上に自粛した店に「行く」「どちらかといえば行く」と回答した人の割合(約46%)の方が「関係ない」回答の割合よりも高い。
近年の日本では、この度の緊急事態宣言のように全国的かつ広範に、企業に対して活動や営業の「自粛」が求められたことは他に比べるべき先例がない。したがって、上記の回答分布は、そうした状況下で市民が企業に対しどのような行動をとることを期待しているのかを物語る貴重なデータである。一歩踏み込んで解釈すれば、この結果からは、今回のような危機の中で企業が果たすべき「社会的責任」を一般の人々がどう捉えているかが浮き彫りになっていると言える。人々は強制力がなかったにもかかわらず要請以上に自粛する行動をとった企業については、責任を率先して果たしていると判断し、一方要請に応じない行動をとった企業にはそうした責任を十分には果たしていないと厳しい評価を下している。
いま少し、この世論調査の結果を深堀りしてみよう。図2に提示した4つのグラフは、図1[A]および図1[B]をそれぞれ男性の回答者と女性の回答者とに分けて提示し直したものである。
これによると、男性と女性の回答パターンには微妙な違いがあることが見て取れる。まず、シナリオ[A]、すなわち自粛要請に反する行動をとった飲食店に対しては、女性の方がより厳しくネガティブな評価をしている。女性の間では明確に「行かない」という選択肢を選んだ回答者の割合(35.4%)が「関係ない」と回答した割合(36.4%)とほぼ拮抗している。また、こうした店に「行く」「どちらかといえば行く」と答えた割合は、女性の間では非常に小さい。実際、「行かない」から「行く」までの5段階を1~5の点数に置き換えて男女ごとに回答の平均値を比較すると、男性が2.21、女性が2.01で、(5%レベルで)統計的に有意に差があるという検定結果が得られる。これに対して、シナリオ[B]、すなわち要請以上に積極的に自粛に応じた飲食店に対しては、男女間で分布の形態にそれほど大きな違いがない。男女ごとに回答の平均値を比較しても、男性が3.41、女性が3.53で、この差は統計的には有意であるとはいえない。以上から、企業が果たすべき社会的責任をどう捉えるかについて、男性に比べて女性の方がより厳しい評価をする傾向があり、特に責任を果たしていない企業に対するネガティブな評価を下す際にその傾向が強く表れる。
以上の解釈に対しては、二つの留保を明記しておく必要がある。第一に、今回の調査の質問の中で直接的に言及されたのは、「カフェ」や「レストラン」でしかない。上記の結果を「飲食店の社会的責任」ではなく、一般化して「企業の社会的責任」を示唆するデータとして解釈することには、当然ながら注意が必要である。もっとも、カフェやレストランの方が、少なくとも「パチンコ店」や「ライブハウス」よりも、より多くの回答者が自らの消費選択の問題としてイメージしやすいシナリオ設定であることは間違いないと思われる。企業の責任についての人々の評価基準が業種ごとに異なる可能性は当然あるが、飲食店に対する評価の基準がその中で極端に偏っているわけではない、というのが筆者の見解である。
しかし、もう一つの留保は、より重大である。周知の通り、政府が発した緊急事態宣言については、自粛要請に応じても金銭的な「補償」がない、ということが大きな論争を呼んだ。公的な支援策がなかなか提示されない中で、経営者自身あるいは従業員たちの生活を守るために、やむなく営業を続けた飲食店もある。上記の調査においては、こうした状況を慮った上で「行く」「行かない」の判断を決めた回答者も、少なからずいるであろう。補償の有無と関連づけた上で人々が企業の社会的責任をどう捉えるのかを精査するには、異なる状況設定を実験的要素として質問文に組み込む「サーベイ調査」という分析手法を用いなければならない。それは将来の研究課題としておきたい。
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1 しかし、どのような状況を想定して強制的措置を設けるべきか(あるいはどのような状況を想定しても設けるべきでないのか)という論点と、そうした措置を立法に委ねるべきかそれとも憲法によって定めるべきかという論点とは、別個に議論しなければならない。今回のパンデミック経験は前者の問題を考えるにあたって貴重な実証的題材を提供すると考えるが、後者に関しては、筆者は、時々の政権が恣意的に変更できる立法措置ではなく、期間制限や手続きを厳格に決めた上で憲法によって定められるべきだ、との立場で一貫している。拙稿「なぜ憲法か」『中央公論』2005年5月号(河野勝『政治を科学することは可能か』(中央公論新社 2018)に再録)を参照。
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