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企業の人的資本指標と財務指標・ブランド指標・企業価値との関連は?

2024年証明写真
一橋大学大学院 ソーシャル・データサイエンス研究科 准教授  
神戸大学経済経営研究所・計算社会科学研究センター 准教授
加藤諒氏 【略歴】

2017年に日経リサーチはブランドと財務との関連性を把握するために、慶応義塾大学経済学部星野崇宏教授、当時同大学の博士課程にいた加藤諒先生にブランド戦略サーベイのデータを分析いただきました(コラムはこちら)。


昨今、企業の非財務情報の開示が進んでいる中、財務情報とともにブランドデータとの関連性を分析することで、新たな企業価値向上のメカニズムを解明できるのではと考え、改めて現在一橋大学大学院に移られた加藤准教授に分析を依頼し、ここにご寄稿いただきました。

 


 

近年、社会的要請から企業による人的資本に関する指標の情報開示が強く要請されていると思います。一方でこれらの指標の改善が、収益性指標を始めとする財務指標や、企業のブランドイメージ得点にどのような影響を与え、その結果として企業価値がどのように向上するか、という点については、これまで明らかにされてきませんでした。

 

ブランドイメージ得点と財務指標の関連性に関しては「ブランド戦略サーベイ」データを用いた加藤・星野 (2017)の研究で検証されています。ここでは、ブランド価値の上昇は、企業の売上⾼の上昇に寄与する結果が得られました。そして、この収益性に関する指標の改善により、翌年以降の広告宣伝費が拡充され、その結果企業のブランド価値が向上するという結果も示唆されました。

 

本研究(加藤, 2024)は、加藤・星野 (2017)の研究に、さらに近年注目度の高い人的資本、具体的には役員の女性比率や管理職の女性比率がどのように影響を与えるのか、というテーマについて、複数の調査データや財務データを組み合わせて、調べた研究になります。本コラムは、加藤 (2024)の結果を要約したものです。

 

 

分析データ

 

人的資本データは、日経NEEDSが提供している日経ESGデータを利用しました。このデータは、800社を超える企業のESGに関するデータを収録しており、温室効果ガス(GHG)総排出量などの「環境 (E)」に関するデータ、女性管理職比率、有給取得率などの「社会 (S)」に関するデータ、独立社外監査役比率などの「ガバナンス (G)」に関するデータが含まれていました。

本研究においては当該データに収録されている項目のうち、人的資本に関する指標で特に関心が高いと思われる女性管理職に関する指標として「課長以上部長未満の女性管理職比率」と、「女性役員比率」の2つを用いました。

企業の人的資本に関する指標を含めたESGデータは、多種多様なソースで公開されており、収集が簡単ではありません。日経ESGデータは、高い正確性でESGに関するデータを分析者が利用しやすい形で提供しており、こちらを利用しました。

 

またブランド指標に関しては、日経リサーチ社に提供いただいた「ブランド戦略サーベイ」を使用しました。

これらの新規性の高いデータを組み合わせた分析は、我が国においてこれまでなかったものと思われます。

人的資本指標と財務指標・ブランド指標・企業価値との関連

近年では、ESG投資への関心の高まり等の社会的な背景から、ESGに関連する指標の企業価値に与える影響について強い関心がもたれています。例えば20233月以降の有価証券報告書では、女性管理職比率が開示必須項目となっており、社会的な関心が高まっています。したがって本研究では、特に人的資本に関する指標として、管理職や役員の女性比率に着目することにしました。

 

本研究では次のようなシナリオを想定し、データを用いて実証的に検証を行いました。

①管理職や役員など、企業の意思決定に大きくかかわる役職の女性比率の向上は、企業の意思決定プロセスに多様性を生み出すこととなり(Robinson and Dechant 1997)、その結果企業のパフォーマンスを向上させ、企業価値が高まる。

②人的資本に関する情報開示によってブランドに対する評判が高まり、ブランド価値の増大も見込むことができる。そして、企業のパフォーマンスの改善やブランド価値の増大は企業価値の増加をもたらすと考えられる。これらをまとめると次の図のようになります。図の矢印は、矢印の始点から終点に対して影響を与えることを示しています。

 

スクリーンショット 2024-08-27 192333

 

ここでは、収益性とブランド価値の相互の影響の存在も考慮しています。これは加藤・星野 (2017)と同様に、

・企業ブランドイメージの向上によって、その企業の製品をより高価格で売ることができ(価格プレミアム効果)、またより高頻度で購買してもらうことができる(ロイヤルティ効果)(水野, 2014)。これにより、高いブランド力を持つ企業は、成長性や収益性を示すROAや売上高成長率といった財務指標の向上が期待される。(ブランド価値→収益性の矢印)

・一方で、企業としての成長性や収益性を高めることで、広告宣伝費や研究開発費等が拡大され、無形資産としてのブランドの価値が形成されることになる。(収益性→ブランド価値の矢印)

というシナリオを想定しているからです。

 

本研究では、このような仮説について検証するため、前述のデータを用いて実証的な分析を行いました。また、企業の収益性を示す指標としてROA(Return on Asset)を採用しました。またブランド価値指標としては、ブランド戦略サーベイのデータを用いており、特にここでは「企業ブランドの指標として自分必要度、愛着度、独自性、プレミアム、推奨意向などブランドのロイヤリティを総合力として算定したブランド総合PQ(perception quotient:知覚指数)」を採用しています。企業価値としては、期末時価総額を採用しました。 

分析方法

データを用いた具体的な分析方法についても簡単に述べておきたいと思います。ここでは構造方程式モデリング(SEM)という方法を用いました。本研究では3月末決算企業について、2019年と2020年の2年間を解析の対象としました。非常に簡単に言うと、上記の図の矢印の関係性について、2019年の各企業の各指標の変化が、2020年の各企業の各指標に平均的にどれくらい影響を与えているのか、を分析しています。例えば、

2019年の管理職の女性比率の増加が、2020年のROAをどれくらい向上させるのか、
2019年のブランド総合PQ の増加が、2020年の期末時価総額をどれくらい向上させるのか

などを検証しています。

 

また分析においては、「製造業の企業群と非製造業の企業群」、「大規模企業と中小規模企業(分析対象企業の平均値より売上高が高い企業を大規模企業、そうでない企業を中小規模企業と定義)」のように分けて分析を行い、結果を算出しています。

結果と議論

本研究で行われたデータ分析の結果を人的資本に関する指標に関して簡単にまとめると以下のようになります。

・女性管理職比率を増やすことで、特にこれまで女性管理職が少なかった製造業で、収益性を向上させることができる可能性がある(日本企業全体の管理職の女性比率は12.7%であるのに対して、製造業の管理職の女性比率は8.0%である:2023年・厚生労働省)

・女性役員比率を増やすことで、特にプレゼンスが大きい大企業においてブランド価値を向上させることができる可能性がある

 

 また、人的資本に関する指標以外には、

・ブランド価値の向上が企業価値の向上に直接影響しているというよりは、ブランド価値の向上がROAの改善をもたらし、その結果企業価値が向上しているという側面が大きい

という点も明らかになりました。

 

今回の結果は、女性管理職・女性役員比率を増加させることで、まずは収益性やブランド価値が向上し、更に、収益性とブランド価値が互いに正の影響を及ぼしあうことで、これらがますます向上する可能性を示唆するものです。そして最終的には(企業の規模や業種によるものの)、これらが企業価値の向上につながる可能性を示唆しています。

 

ただ、本研究は分析対象となった企業の全体的な傾向を示したもので、「具体的にどのような施策を行えばよいか」は企業規模や個別企業の特性などによって異なるものであると考えられます。日経ESGデータやブランド戦略サーベイデータなどを活用して、自社にとってどの指標の改善が企業価値の向上に繋がるのか、といった施策の探索をされるのが望ましいと思います。

 

 

参考文献

 Robinson, G., & Dechant, K. (1997). Building a business case for diversity. Academy of Management Perspectives, 11(3), 21-31.

 加藤諒 (2024), 「企業の人的資本指標が財務指標、ブランド指標、企業価値に与える影響に関する実証分析」, 『日経広告研究所報』, 335, 22-29.

 加藤諒, 星野崇宏 (2017), 「企業ブランドイメージと広告費、財務指標の関連性に関する

実証分析」, 『日経広告研究所報』, 294, 18-25.

 水野誠 (2014), 『マーケティングは進化する』, 同文館出版.

 厚生労働省(2023)プレスリリース「『令和4 年度雇用均等基本調査』結果を公表します~女性の管理職割合や育児休業取得率などに関する状況の公表~」」chrome-extension : //efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https : //www.mhlw.go.jp/content/11901000/001155644.pdf

 

加藤 諒

 

一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科准教授。
神戸大学経済経営研究所准教授(クロスアポイントメント)。
博士(経済学)慶應義塾大学。

専門は、ベイズ統計学、マーケティング・サイエンス、実証会計学。

 

【主な論文】

“Semiparametric Bayesian multiple imputation for regression models with missing mixed continuous-discretecovariates,” Annals of the Institute of Statistical Mathematics (2020 共著)

“The impact of competitors store flyeradvertisement on EDLP/HiLo chain performance in highly competitive retail market: GPS information and POS dataapproach in Japan,” Journal of Advertising (2019 共著)

”Does Big N Matter for Audit Quality? Evidence from Japan",Asian Review of Accounting (2019 共著)など。

 

 

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