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企業情報の基礎知識

データ分析で探るESG情報開示の実態

近年、企業の非財務情報を評価するESG(環境・社会・ガバナンス)投資への関心が急速に高まっている。そのため、投資家が長期的なリターンを得られる投資先を選定する上で、ESG情報の開示は重要な要素となっている。しかし、国内の上場企業全体の開示状況を見ると、その量や質には大きなばらつきがあるのが実情だ。


では、ESG情報の開示に積極的な企業と、そうでない企業には、どのような特徴があるのだろうか。

 

本コラムでは、上場企業が公開したESG関連資料のデータを分析し、「外国人株主比率」「業種」「財務指標」という3つの切り口から、ESG情報開示とその背景にある要因を探る。

 

 

 

 

今回は、ESG情報開示の充実度を測る指標として、NEEDS(日本経済新聞社の経済・金融データサービス)の「日経ESGデータ」より各企業の収録中分類数(*)を用いた。


*「日経ESGデータ」の収録項目は33の中分類にカテゴリー分けされている(環境系がGHG排出量、水資源、廃棄物などに関する計16中分類、社会系が従業員、人権、サプライチェーンなどに関する計17中分類)。各企業の2023年度の収録データを元に、1項目でも収録がある中分類の数を算出した。

ESG情報開示の充実度と外国人株主比率

ESG投資は日本より先に欧米で広がった概念で、投資ファンドも海外に多い。外国人株主の比率は、ESG情報開示を促進する要因なのではないか。まずはその視点で分析したい。

 

ESGデータ収録中分類数と、各企業の外国人株主比率および外国人株主の所有株式数割合との関係を表したのが以下の図だ。株主比率とESG開示はほぼ無相関な一方で、所有株式数割合に対しては正の相関が見られた。

 

コラムvol8_1

*2025年8月時点の上場企業のうち、「日経ESGデータ」の2023年度データに1中分類でも収録がある企業を対象とした
*(出所)日経NEEDSを基に作成

 

単純に外国人株主の比率が高いこと自体が情報開示を促進するのではなく、少数の外国人株主であっても、その影響力(=所有株式数割合)が高い場合に、企業がESG情報開示を充実させるインセンティブが働くのではないかと考えられる。

情報開示を牽引する業種、その背景にある事業特性

次に、企業の事業特性によってESG情報開示の傾向がどのように異なるのかを掘り下げる。

 

「ESG情報の開示があった企業の割合」と、「環境(E)系と社会(S)系それぞれの開示項目のバランス」に注目し、業種ごとの戦略的な違いを分析した。

 

コラムvol8_2

*2025年8月時点の上場企業が対象。「日経ESGデータ」の2023年度データに1中分類でも収録があれば「開示あり」とみなした。業種は東証業種(17区分)を用いた
*(出所)日経NEEDSを基に作成


まず、「開示あり」の企業が占める割合が高い業種を見ると、銀行が他業種と大きく差をつけて首位だった。投融資先を通じて社会全体の脱炭素化や人権リスクに大きな影響を与えるとともに、投資家からの資産運用方針に関する開示要請が強いことが背景にあると考えられる。

 

次に、インフラ系(電力・ガスなど)や、自動車・輸送機、素材・化学といった、事業活動が自然環境や社会生活に大きな影響を与える業種が上位に来る傾向が見られた。

 

これは、気候変動やサプライチェーンにおける人権問題など、事業特性に起因する重大なリスクを抱える企業ほど、投資家やステークホルダーへの説明責任を果たすインセンティブが強く働くことを示唆していると考えられる。

次に、環境(E)系と社会(S)系それぞれの開示項目数(中分類)の平均値を業種別に比較した。


コラムvol8_3

*「日経ESGデータ」の2023年度データ「開示あり」企業を対象とし、業種別に中分類数の平均を求めた
*(出所)日経NEEDSを基に作成

 

 

図から、大きく以下の3グループに分類することができる。

(1)EとSのバランス型:インフラ系、重厚長大系
電力・ガス、素材・化学、自動車・輸送機などの業種は、E系とS系の両方で充実した開示が見られる。これらの業種は、事業そのものが環境負荷(E)も大きく、かつ社会インフラ(S)としても重要であるため、どちらかに偏ることなく幅広い開示を求められていると考えられる。

(2)S特化型:金融系、サービス系
金融(銀行、保険、証券など)、情報通信・サービス、小売といった業種では、E系よりもS系(社会)の情報開示が充実している傾向が顕著である。特に金融業は、従業員のダイバーシティ、人材育成、ワークライフバランスといった「人」に関する開示が多い傾向にある。これは、金融というビジネスモデルが優秀な人材の確保と育成を基盤としており、人的資本が競争力の源泉であるという事業特性を反映していると解釈できる。

(3)Eやや優位型:製造業系、建設・資材系
一部の製造業系や建設・資材系では、他の業種に比べてE系(環境)の開示がS系(社会)よりもやや高い位置にあることが確認された。これらの業種は、製品製造や建設プロセスにおけるエネルギー消費、廃棄物、資材調達など、環境への取り組みが直接的な企業価値に結びつきやすいため、環境側面での開示が先行しやすい状況にあると考えられる。

ESG開示と財務パフォーマンスの関係性

ESG開示の積極性は、財務パフォーマンスと関連があるのだろうか。3つ目の切り口として、2023年度のESGデータの開示状況とその翌年度の配当性向・ROEについて業種ごとに比較した。

 

財務指標は業種による差も大きいため、今回は「開示あり」企業が100社以上存在する4業種について取り上げた。

配当性向の傾向

コラムvol8_4

*財務データは2024年度のものを使用。無配の場合は0%として扱い、マイナスは除外した
*(出所)日経NEEDSを基に作成

 

4業種すべてにおいて、ESG情報開示が「なし」のグループから「少ない」「多い」となるにつれて、配当性向の中央値が上昇する傾向が見られた。これは、ESG開示に積極的な企業ほど、株主への還元意欲が高い、あるいは株主還元が可能な安定した財務基盤を持つ企業が多い点を示唆している。

 

ROE(自己資本利益率)の傾向

コラムvol8_5

*財務データは2024年度のものを使用。マイナスは除外した
*(出所)日経NEEDSを基に作成

 

一方で、ROEについては、ESG開示との顕著な相関関係は見られなかった。一部の業種で、開示が「多い」企業よりも「少ない」企業の方が比較的高い値に分布する傾向が確認できた。


開示内容が「多い」グループには、すでに成熟し、大規模化している大企業が多く含まれていると推測される。一般的に大企業は財務基盤が安定している反面、新興企業や成長途上の企業と比較して、ROEが極端に高くなりにくい傾向がある。

 

他方、開示内容が「少ない」グループには、高い収益性を追求している中堅〜成長企業が多く含まれている可能性があり、ESG開示の充実度とROEの値が逆転している業種がみられるのはこうした企業特性の違いが影響しているのではないかといった推測も成り立つ。

まとめ

今回の分析から、日本企業のESG情報開示は、事業特性や企業の置かれた状況によって濃淡があることが明らかになった。自然環境や社会生活に大きな影響を与える業種や、外国人株主の影響が大きい企業はESG情報開示に積極的な傾向があった。


一方で、ESG開示の充実が財務パフォーマンスに直接的に結びつくという明確な証拠は見つからなかった。しかし、配当性向においてはESG開示の充実性とある程度相関が見られたので、ESG開示が企業とステークホルダーとの対話において、重要な役割を果たす可能性は否めない。


企業ごとにESGに対する姿勢は様々であり、それが最も反映されるのが統合報告書やサステナビリティレポートといった資料である。また会社HPでESG関連の情報を載せる企業も多い。気になる企業の開示情報を調べてみると、新たな発見が得られるかもしれない。

 


めまぐるしく変化する経済環境の中、競合他社や協業先の動きを素早く把握することが、精度の高いマーケティングや営業戦略を行う上でのカギとなります。


日経リサーチでは、ビジネスの羅針盤となる企業情報データベースに関する様々な知見を有しています。企業情報のタイムリーな収集・活用に関して課題を感じている方はぜひお問い合わせください。

 

この記事を書いた人

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デジタルキュレーション本部 DC第4部
佐藤 妙

警備会社での現金精査、勤怠管理システム会社での従量課金管理、カスタマーサクセスを経て入社。日経POS情報業務担当。毎日の小売りデータの正確・迅速なデータ更新プロセスを提供する。好きなものは、おでんの出汁割り。

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デジタルキュレーション本部 DC第2部
河合 章子

日本経済新聞社が提供するコーポレートアクション等のコンテンツ収録に従事。現在は人事欄を担当。好きな動物は猫。実家に1匹いるので帰省のたびにヒゲが落ちていないか探している。最近読んだ本は『僕には鳥の言葉がわかる』。

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デジタルキュレーション本部 DC第3部兼キュレーション技術部
名明 信治

日本経済新聞社が提供する財務データ、主にセグメントや予想データの収集・メンテナンスを担当。好きなことは、飲み歩き。

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デジタルキュレーション本部 DC第1部兼キュレーション技術部
木村 賢二郎

日経ESGデータ、日経会社情報DIGITALの運用を経て、現在は日経企業基本データ、日経ESGデータの収録を主に担当。データ収集の効率化を図るための技術検討・開発にも注力。

 

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