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企業情報の基礎知識

日本の上場企業の異常な愛情!? ー株主優待は「モノ」から「参加」へ

 「株主優待」と聞くと、ショッピングで使える割引券やクオカード、お米や自社製品といった優待品がもらえるというイメージがあるかもしれません。しかし、最近は企業の業種やビジネスモデルを色濃く反映したユニークな優待品が数多くあります。単なる「おまけ」ではない、株主優待の戦略的な意味合いをデータから読み解いてみましょう。

 本コラムでは、株主優待が「モノ」から「参加」へと進化する背景を深掘りします。

 

 

 

日本の上場企業の4割が株主優待を実施

まず、日本の上場企業全体で、株主優待制度がどの程度普及しているのかを見てみましょう。

 

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*2025年8月時点で上場している企業の導入割合
*(出所)日経ムック「株主優待ハンドブック2025-2026年版」

 

およそ40%の上場企業が株主優待制度を導入しています。

 

多くの企業にとって、株主優待制度は株主との有効な関係を築く重要なIR施策として認識されていると考えられます。日本証券業協会の「2024年度(令和6年)証券投資に関する全国調査(個人調査)」によると、株式の購入理由として『株主優待が受けられる』と回答した個人投資家は35.6%にのぼっています。

次に、業種ごとの優待実施状況を見てみましょう。

 

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*業種の分類は東証業種(17業種区分)に準じる
*(出所)日経ムック「株主優待ハンドブック2025-2026年版」

 

 

 株主優待の実施状況を業種別に見ると、業種間に極めて明確な傾向が見て取れます。

 

 実施率が最も高いのは「食品」と「小売」で、ともに約8割が優待を実施しています。これは、個人顧客を対象とするBtoC企業が多く、自社の商品やサービスを優待品として選びやすいという事業特性上の大きな優位性があるためと考えられます。


 一方で、自社の製品やサービスが一般消費者向けではない業種では、実施率が大幅に低くなります。「電機・精密」「医薬品」などはその代表で、特に医療従事者向けの医療メーカーが大半を占める「医薬品」は、実施率が1割強と極めて低い水準にとどまっています。この結果から、優待品の提供のしやすさが実施率に強く影響していることがうかがえます。


 意外にも、優待品として自社の商品を提供しにくいと思われがちな「銀行」、「運輸・物流」、「商社・卸売」といった業種が、食品、小売に次いで優待実施率の上位5業種にランクインしている点は興味深いポイントです。

 

業種ごとの優待トレンド

 次に、株主優待ではどのような種類の優待品が多く選ばれているか、その傾向を見てみましょう。

 

コラムvol10_3

 

*(出所)日経ムック「株主優待ハンドブック2025-2026年版」

 

 全業種でみると「クオカード」や「共通商品券・デジタルギフト等」といった汎用性の高い金券類や、「自社割引券・購入割引など」といった割引券が中心を占めています。これは、多くの企業が株主を自社サービスに誘導するか、あるいは換金性の高い金銭的価値を提供することで、株主還元を実現していることを示しています。


 次に、優待実施率トップ5に入る業種の優待トレンドを見てみましょう。

 

優待実施率が高い業種の特徴

【食品】
 自社製品を活かしたものが圧倒的多数を占めています。これは自社製品を株主への還元とプロモーションに直結させる、BtoC企業としての典型的なパターンといえます。

【小売】
 自社割引券・購入割引など、株主が店舗で直接利用できる割引や引換券が主要な優待内容です。現物の商品提供よりも、割引や優遇の機会を提供した上で、より店舗の利用を促すことに主眼が置かれているように思われます。

【銀行】
 他のBtoC業種と異なり、自社商品(金融サービス)を優待品としにくいため、優待の内容が多様化しています。特産品やカタログギフトなど地域経済への貢献などが特徴的です。提携先の多様な商品なども取り入れてバラエティに富んだ構成となっています。

【運輸・物流】
 事業内容が優待に明確に反映されています。多くが乗車券等であり、鉄道やバスなどの運賃割引や無料乗車券といった、本業のサービスを直接提供する形が一般的です。

【商社・卸売】
 取り扱う商品の幅広さが優待内容に反映されています。特にこの業種の注目すべき点は、自社で製造していなくとも、流通網で取り扱う商品を優待品として選定している点にあります。一部の企業では、ハーゲンダッツギフト券(アイスコ)、トイレットペーパー(日本紙パルプ商事)など、独自の調達力を活かした「自社取扱商品」が採用されています。


 上記の優待実施率の高い上位5業種は、いずれも自社の製品・サービスを直接、または流通網を通じて株主還元に結びつけることが可能です。


 一方、BtoBが中心となる「機械」、「電機・精密」といった業種では、優待実施率が20%前後と低い傾向にあります。これは、自社の製品が一般消費者向けではないため、優待品として提供することが難しいという事業特性上の制約が背景にあります。


 しかし、中にはこうした制約を乗り越え、ユニークな優待を提供することで株主との新たな関係を築こうとする企業も存在します。

 

 例えば、「機械」のコマツは、製品そのものではないものの、毎年異なる機種のオリジナルミニチュアを優待品として提供しています(出典:https://www.komatsu.jp/ja/ir/shareholder/thanks-goods)。これはブランドや歴史を象徴する非売品であり、金銭的な価値だけでなく、コアなファンである株主に喜ばれる「ロイヤリティ向上」型の優待と言えるでしょう。

 

株主ロイヤリティを高める──体験・貢献型優待

 株主優待の戦略的意味合いが深まる中で、金銭や物品を還元する手段としてだけでなく、企業と株主のエンゲージメントを高めるツールとして活用する新しいトレンドが生まれています。


 その一つが「体験型優待」です。日本製鉄や出光興産のように、株主を対象とした工場見学を実施する事例が挙げられます。巨大な製鉄所や製油所を間近で見学できる機会は、事業への理解を深め、企業に対する信頼感や愛着を高める貴重な体験となるでしょう。

 

 さらに、株主が企業の成長に「能動的に貢献」する革新的な優待モデルも登場しています。フリービットは、株主自身がブロックチェーンの維持・発展に貢献することで、「TONE Coin」というトークンを獲得できる優待を提供しています(出典:https://freebit.com/ir/about-dao.html)。これは、従来の株主還元が金銭や物品の一方的な分配だったのに対し、株主が企業の活動に直接関わり、その貢献度に応じて報われるという、まったく新しい仕組みです。

 

 これらの事例は、優待が単なる金銭的価値の提供にとどまらず、企業と株主の「つながり」を重視する方向にシフトしていることを示唆しています。株主を単なる投資家としてではなく、「ファン」や「ブランドの共感者」として位置づけることで、長期的なロイヤリティを構築する戦略といえます。株主優待は、単なる「リターン」から、「参加」と「貢献」を促すツールへと変化しているのです。

 

まとめ:株主優待に見る、企業と投資家の新しい関係

 本コラムでは業種ごとのデータから、株主優待が多様な側面を持つことを解説しました。優待実施率の高いBtoC企業は、自社サービスで優待品とすることで株主を「顧客でありファン」として効果的に囲い込んでいます。一方、優待品の設定が難しいBtoB企業も、非売品グッズや工場見学といった「特別な体験」を提供することで、株主との深い絆を築き始めています。


 優待品は企業の事業特性やターゲットとする株主層を反映し、その形態は「モノ」から企業の活動への「参加」と多様化しています。

 

 株主優待は、単なる金銭的なリターンや物品の分配という役割を超え、企業が株主と築きたい関係性を映し出す鏡となっています。優待の戦略的な意図を読み解くことで、企業が長期的に描くビジョンや、株主を単なる投資家ではなく共感者として捉える新しい企業と投資家の関係性を、深く理解することができるでしょう。

 


めまぐるしく変化する経済環境の中、競合他社や協業先の動きを素早く把握することが、精度の高いマーケティングや営業戦略を行う上でのカギとなります。


日経リサーチでは、ビジネスの羅針盤となる企業情報データベースに関する様々な知見を有しています。企業情報のタイムリーな収集・活用に関して課題を感じている方はぜひお問い合わせください。

 

この記事を書いた人

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デジタルキュレーション本部DC第3部
小山 綱木

日本経済新聞社が提供する財務データの収集・メンテナンスを担当。珍しい魚介(モウカザメのムニエルや八角の刺身など)を肴に日本酒を嗜むのが好み。最近は高級なシャワーヘッドを購入したので、お風呂が大好きに。

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藤山 昌裕

日経世論調査など日本経済新聞掲載の調査を多数担当し、2019年より現職。現在は企業人事とマクロ統計を担当し、日本経済の海原を漂っている。UD(ユニバーサルデザイン)コーディネーターの資格を有する。

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デジタルキュレーション本部DC第1部
雲下 久美子

日本経済新聞社の提供するマクロ統計、POSデータを担当し、現在は企業基本データ、株主総会関連データの運営管理を行う。日々触れるデータは学びの連続で、知識が体系化され結びつく時に感じる喜びが仕事の最大のモチベーション。休日はホットヨガと整体で柔軟性強化。

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デジタルキュレーション本部DC第1部兼キュレーション技術部
中島 泰暉

WEB調査部門、デジタルマーケティング部門を経て現職では上場企業の大株主情報を中心に、独自調査や開示情報に基づくデータ収集・校正業務の効率化を一貫して推進。好きなことは映画鑑賞。アクションやヒーロー作品をはじめ、SF、サスペンス、ミステリー、ヒューマンドラマまで幅広く楽しむ。

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デジタルキュレーション本部DC第2部
黒木 輝晟

日本経済新聞「人事異動欄」に掲載する原稿の作成を担当。第11回社内ウォーキング大会にて17日間の平均歩数4万歩を記録し優勝。「千里の道も一歩から」の精神で、1歩1歩着実に業務へ取り組む。

 

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