企業のコンプライアンス違反をどう防ぐ―倫理文化の確立がカギ
1.はじめに
高野研一氏
慶應義塾大学大学院
教授 工学博士
【略歴】
事故を起こさない組織を創るためには、組織全体(経営から個々の従業員まで)として
「安全文化」を醸成することが必要とされ(1)、電力業界をはじめとして、化学、建設など多くの業界が最優先で取り組んできた。
コンプライアンス違反の防止についても、米国のエンロンやワールドコムの破綻に伴うSOX法の施行により、我が国においても2006年施行の会社法の下、企業の内部統制の仕組み構築が促され、10年以上が経過するなど、組織としての取り組みが不可欠なことが早くから認識されてきた。しかしながら、2006年以降も不適切会計件数は一向に減る気配を見せていない(図1参照)(2)。
日経リサーチのコラムにおいても(3) 、安全文化に続く概念としてコンプライアンス違反防止には組織全体での取り組み、すなわち「倫理文化」の確立が不可欠であると強く主張してきた。いくらルールや懲戒処分を強化しても、人間の行動はコントロールできない側面があるからだ。弁護士の山口利昭は(4)、
- どのように精緻で立派なマニュアルを用意したとしても、マニュアル通りにいかないのが組織のリスク管理である。
- 人は必ずしも経済合理性だけで動くわけではない。理屈よりも情理に流されて行動するものであり、また統計学的な分析通りに行動するとは限らない。
- 制裁があろうと無かろうと、ルールを守らなければならないとする社会規範に基づく倫理観が、社内においても各人に具備されていることが重要である。
と述べているが、人間の行動は犯罪心理学者の唱える「不正のトライアングル」仮説に支配されやすい傾向があると考えたほうがよさそうである(5)。
すなわち、不正行為は①動機(不正行為を実行することを欲する主観的事情)、②機会(不正行為の実行を可能ないし容易にする客観的環境)、③正当化(不正行為の実行を積極的に是認しようとする主観的事情)という3つの不正リスクがすべて揃った時に発生するという図2のような考えである。したがって、動機を抑え、そのような機会を奪い、正当化できない状況を創りだすことが肝要である。しかしながら、個人で全て対応できるわけではなく、組織としての環境がよくなければ、動機の発生を抑えることは到底不可能であり、組織に対して悪い感情を抱かなければ、見つかるリスクを冒してまで機会を利用しようとは思わないだろうし、企業側から何か不利益をこうむっていなければ、正当化もできないであろう。
図2 不正のトライアングル(6) (同文館出版,2011)
このように考えてくると、従業員だけでなく管理職、さらには経営者まで含めて、まさに組織全体で不正のトライアングルを起こさない組織文化を形成することが重要であり、これを「倫理文化」という言葉で表したい。では、どうすればこのような文化を醸成できるか考えてみたい。
2.「倫理文化」を創り上げるにはどうすべきか
当研究室では、2019年度の修士研究として、コンプライアンス違反を起こしにくい企業文化とは、どのような特質を備えているかを把握するため、インターネットを利用したビジネスパーソン800人規模の調査を行った(7)。
得られたアンケート結果に多変量解析を施し、その結果を因子分析し、9個の有意な因子を抽出した。その因子とは(①倫理制度の浸透、②職場のコミュニケーション、③主体的な姿勢、④会社対応の納得感、⑤外部環境への適応、⑥多様性、⑦ワークライフバランス、⑧職場の倫理観、⑨チャレンジ環境)であった。
不祥事防止意識への寄与が高い因子(1%有意)は順に、①倫理制度の浸透、④会社対応の納得感、③主体的な姿勢、⑧職場の倫理観の4つであり、いずれも不祥事防止意識と不祥事発生の度合いは有意(1%)で負の相関関係が確認された。すなわち、組織風土と意識および不祥事発生は強く結び付いていることが確認できた。
さらに、不祥事防止意識と不祥事発生の度合いを目的変数として、抽出された因子がどのように係わっているか因果関係を図示できる共分散構造分析を適用することとした。主要な因子が不祥事防止意識にどのように影響を及ぼし、それが結果的に不祥事発生に繋がるかどうかの因果関係を分析した。
この結果を概観すると、まず、②職場のコミュニケーションが⑧職場の倫理観、④会社対応の納得感、③主体的な姿勢、⑥多様性、①倫理制度の浸透と強く結び付き、有意な影響を与えていることが分かる。また、不祥事防止意識は①倫理制度の浸透と⑧職場の倫理観から有意な影響を受けている。不祥事発生の度合いは不祥事防止意識および④会社対応の納得感に有意な影響を受けている。
以上から、組織文化にとっては、①倫理制度の浸透、②職場のコミュニケーション、③主体的な姿勢、④会社対応の納得感、⑤多様性、⑥職場の倫理観の6因子が大変重要な役割を果たしており、これを「倫理文化」と呼称することとする。
図3.不祥事防止意識と不祥事発生度合いに影響する組織文化の因子構造
(GFI=0.990, AGFI=0.958, RMSEA= 0.058)
3.「倫理文化」を確立するために
最後に、倫理文化を確立するために、以下の提言をしたい。 上記のアンケート結果に基づけば、倫理文化の中で最も重要な因子は、言うまでもなく「職場のコミュニケーション」である。なぜなら、これは他の多くの因子に有意な影響を及ぼすことが明白だからである。職場のコミュニケーションの中で、他の因子との相関関係が強い(因子負荷量が大きい)項目を挙げると
- 職場の雰囲気が良く、話し合いや活動も活発である
- 上司・同僚・部下が、互いに良い人間関係を築くための配慮を行っている
- 業務上のアイデア・意見・要望を上司に伝える仕組みが機能している
- 職位や経歴に関係なくオープンに自分の意見を述べ、ディスカッションする雰囲気がある
- 様々なバックグラウンドを持つ人がチームを組んで良い成果を出そうとしている
等であり、これらを実践することで倫理文化を改善できる可能性が高まると考えられる。具体的には、「わいがや(わいわいがやがや)会議」や非公式な人間関係(同期会、誕生会、同郷会等)を強化する取り組みなどを通じて個人の殻を破り、組織としてのモラール(所属意識)を高めることが挙げられる。また、「倫理制度の浸透」も「会社対応の納得感」と組み合わせて高めることで高い防止効果が得られると言える。具体的には、
- 人事制度は透明性を持って運用され、公平・公正に行われる
- 会社の方針や進めている施策に納得している
- 会社は社員を大切に扱っている
- 現場やラインの最前線の意見や状況が尊重され、経営に反映されている
- 自分の処遇(給料・ポジションなど)には納得している
といった印象を従業員に与える施策を実践することが、不正の動機・機会・正当化を阻害することに繋がると考えられる。
また、倫理文化とは企業内で独自に醸成されるものであり、企業内のメンバーが共有する基本的価値観と、そこから生まれる行動パターンである。従業員のロイヤリティーや感謝の気持ちを促す強い倫理文化は、不正のトライアングルの形成を阻害し、企業不祥事の防止には極めて有効性が高いと考える。しかしながら、集団の論理を追求すると、閉じられた空間になりやすい側面は注意しなければならない。独りよがりや他者排除の論理に傾かないように常に自らをチェックすることが肝要であり、外部との相互作用を通じて、自らを映した鏡を注視しながら、自己改革を継続することが必要である。
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1 IAEA,INSAG 4 Safety Culture , IAEA(1991)
2 東京商工リサーチ調べ https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20191204_01.html
3 高野研一:日経リサーチレポート 企業における事故・倫理コンプライアンス問題への対応戦略
4 山口利昭:不正リスク管理・有事対応-経営戦略に生かすリスクマネジメント、有斐閣 (2014)
5 D.R.Cressey. Other People's Money: A Study in the Social Pschology of Embezszelement, Wadworth Publishig Co.,Inc. (1971)
6 八田進二:企業不正の理論と対応. 同文館出版, (2011)
7 中村浩策:企業不祥事防止に関する研究―企業倫理および企業文化との関係性から見た提言―
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高野 研一
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科
教授 工学博士
【プロフィール】
■略歴
1955年 神奈川県生まれ
1980年 名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了。
(財)電力中央研究所入所 人的過誤事象分析、安全文化診断、安全文化醸成方策、企業変革支援などに従事
1995年 マンチェスター大学 Visiting Research fellow
2003年 早稲田大学非常勤講師
2007年 慶應義塾大学先導研究センター教授
2008年~ 現職
■著書
『信頼性ハンドブック』『ヒューマンインタフェース』『組織事故』『保守事故』『産業安全保健ハンドブック』『安全の百科事典』『事故・災害事例とその対策』『人間工学の百科事典』
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