セクハラの国際調査、被害受けやすい管理職女性
はじめに
田中 世紀
オランダ・フローニンゲン大学
国際関係学部 助教授
【略歴】
#MeTooムーブメントでも注目されたように、21世紀に入ってもなお女性の多くがセクハラ被害にあっているが、これは何も日本に限ったことではない。例えば、米国ではほぼ半数の女性が人生に一度はセクハラにあったことがあるという研究結果が出ている1。
こうした中、どのくらいの人がセクハラを経験し、またどういった人がセクハラを受けやすいのか、日本、米国、スウェーデンの3カ国で比較分析した。スウェーデンについては、1999年から2007年にかけて行われた既存の雇用環境調査(Swedish Work Environment Survey)の5回のデータを使用した。回答者は、23,994人のスウェーデン人女性となっている。日本と米国については、2019年にインターネット上で独自に意識調査を行い、それぞれ1,573人の女性就業者から回答を得た。セクハラの質問に加えて、セクハラへの対応、セクハラ被害後の影響についても回答を回収した。日本の調査は日経リサーチに依頼した。
人によってセクハラの定義が異なることが考えられるため、「あなたはセクハラを経験したことがありますか?」という主観的な質問に加えて、日本と米国の調査では、性的経験質問票(Sexual Experiences Questionnaire)という24項目のセクハラのリストからなる、より客観的な質問票も用いた(例えば、「断ってもしつこく誘われる」や「触られて不快な思いをした」など)。記憶の風化による回答への差異を抑えるため、全てのセクハラについての質問は、過去12カ月に絞って回答してもらった2。
地位上がると部下からも嫌がらせ
一般的に、職場内で立場が弱い女性ほどセクハラを受けやすいというイメージがあると考えられるが、調査によれば、3カ国とも非管理職の女性に比べ管理職の女性の方がセクハラの被害を受けることが多いという結果が出た。図が示すように、最も両者の差が小さいスウェーデンでもセクハラを受けた女性管理職の割合は非管理職に比べて1.3倍ほど高くなっている(過去12カ月間に非管理職の15%がセクハラを報告しているのに対し、管理職は20%がセクハラを経験したと回答)。米国は客観的指標では管理職のセクハラ比率が1.5倍ほど高く(57% vs. 37%)、主観的指標ではほぼ2倍近くになっている(30% vs. 16%)。日本では管理職の女性は非管理職の女性に比べ、客観的指標で1.3倍(68% vs. 52%)、主観的指標ではほぼ2倍近くの高い率でセクハラを経験していることがわかった(25% vs. 13%)3
女性は地位が上がるにつれ、上司だけではなく、部下からも嫌がらせを受けるようになっていることもこの結果の1つの要因だと考えられる。この3カ国は労働市場の仕組み、女性の働き方、男女格差の実態など様々な条件が異なるが、それにもかかわらず管理職の女性の方がセクハラを受けやすいという傾向が共通して見られることは注目に値する。文化や雇用環境が異なる3カ国で同じ傾向が見られるということは、他の先進国も同様の問題を抱えている可能性も指摘できる。
図:セクハラを経験した女性の割合
また、米国と日本で行った独自の調査では、管理職の女性がセクハラを告発するとキャリア上好ましくない結果になる可能性が高いことも分かった。米国のデータによれば、管理職の女性は非管理職の女性に比べて、セクハラ被害を告発する傾向にあるが、その仕返しとしてセクハラ後にさらなる不利益を被っていた。日本でも告発後、例えば、社内で「トラブルメーカー」とみなされたり、昇進や研修で不利な扱いを受けたりする点が報告された。
さらに、同調査で架空のセクハラ被害を複数設定し、「同僚として」どのような状況でセクハラの告発を女性に勧めるか質問したところ、日本では告発を勧めない傾向が非管理職の女性より、管理職の女性に強かった。その理由として、女性管理職がセクハラを受けることは上司としてのマネジメント力不足の現れであるとか、管理職であればセクハラを公にせず自分で解決すべきだという意見が見られた。このような告発しにくい環境も女性管理職へのセクハラを助長している可能性がある。
女性の雇用増、対策の近道
この調査結果から、女性は昇進しても、あるいはより抽象的に言えば、会社内でより権限を得たとしても、セクハラ被害から逃れられないし、むしろ、女性は昇進するとさらにセクハラを受ける、という厳しい現実が浮き彫りにされた。これを踏まえ、最後に、セクハラの対応策について筆者の他の研究も踏まえつつ簡単に触れたい。
筆者は2019年12月に米イェール大学ビジネススクールの協力の下、世界30のトップビジネススクールの学生を対象に「職場環境に関する調査」を行った。回答者の本音を引き出すために最先端の世論調査手法を用い、日本からは一橋大学が調査に参加、全体で2,729人から回答を得た4。詳細は省くが、本調査で得られた主な結論は、セクハラ文化がはびこる職場は敬遠されるというものだった。調査対象者は2020年か21年に就職活動を行う学生だが、セクハラに真摯に対応しない会社には、たとえフレックス制度や他の職場より高収入(5%ほど)などという好条件があったとしても、就職を希望しない可能性が高いことが明らかになった5。
ではどのようにセクハラに対応するべきだろうか。簡単に思いつく対策として、職場における社員へのセクハラ防止セミナーや研修の実施があるが、これはセクハラ被害者・報告者への印象が逆に悪くなるという研究結果もあり、あまり好ましくない6。上記のビジネススクール対象の調査によれば、回答者の間で最も好まれたセクハラ対策は、社内に適切な苦情処理手続きを確立することだった。しかし、これも何が「適切」なのかがわかりにくく、どのようにすれば女性が安心してセクハラを報告できるのかはまだ実証的な研究が少ない。次に重要だとされた対応策は「女性管理職、または女性の雇用自体を増やすこと」で、これは男性が多い職場はセクハラが起こりやすいという先行研究にも合致している。時間とコストはかかるかもしれないが、女性の雇用を増やし、女性が職場にいることを「当たり前」にすることが、セクハラ対応の一番の近道かもしれない。
上述したようにセクハラへの真摯な対応は(男女とも)優秀な学生を雇用することにもつながるので、企業はセクハラ対応を真剣に考えることが採用活動でのインセンティブになるという点も認識するべきだろう。
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1 Fitzgerald, L. F., & Cortina, L. (2018). Sexual harassment in work organizations: A view from the 21st century. In C. B. Travis, J. W. White, A. Rutherford, W. Williams, & S. Cook (Eds.), APA handbook of the psychology of women: Perspectives on women’s private and public lives (Vol. 2, pp. 215–234). Washington, DC: American Psychological Association.
2 詳細については、Folke, O., Rickne, J., Tanaka, S., & Tateishi, Y. (2020). Sexual Harassment of Women Leaders. Daedalus, 149(1), 180-197を参照。
3 なお、主観的指標の方が客観的指標よりも値が低くなるのは、(24項目で定義される)セクハラを受けていると考えていない(認識していない)女性がいるということを示唆している。
4 研究結果は、https://globalnetwork.io/news/2020/03/workplace-sexual-harassment-rampant-even-among-business-elite-survey-global-mbaを参照。回答者の60%が男性だが、男性、女性を分けて分析した場合でも以下の主な結果は変わらなかった。
5 単純に直接的に聞いた場合は、回答者全体の3分の2が「職場でのセクハラ文化の存在は、その仕事を敬遠する要因になる」と答えている。
6 Dobbin, F. & Kalev, A. 2019. “The Promise and Peril of Sexual Harassment Programs,” Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), June 18, 116 (25), pp. 12255-12260.
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田中 世紀
オランダ・フローニンゲン大学
国際関係学部
助教授
【プロフィール】
1982年 島根県生まれ
2007年 東京外国語大学外国語学部卒業
2013年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了
2013年 米シラキュース大学政治学部助教授
2015年 オランダ・アムステルダム大学政治学部助教授
2017年 米イェール大学客員助教授
2018年 英リーズ大学国際政治学部助教授
2019年~ 現職
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