医師向け営業におけるコンプライアンス最新事情 〜ルールを守らない担当者は14%、あなたの会社は大丈夫か
2023.10.27
医師に向けた医療用医薬品の営業の現場において、コンプライアンスの遵守は年々その重要性を増している。厚生労働省は、医療用医薬品販売の広告違反に該当する行為を早期に発見することを目的とした調査を実施しており、令和5年8月に発表された令和4年度販売情報提供活動監視事業報告書では、「エビデンスのない説明を行った」「有効性のみ強調した」などの項目違反で23件のケースが疑義の対象となった。
しかし一方で、厳しい規制のために十分な営業ができない等、現場での葛藤も生じている。また、企業が遵守すべき各種の規定について、医師側の理解が不足しているといった問題もある。
日経リサーチは、医療用医薬品販売の現場における営業担当と医師を対象として、最新のコンプライアンス事情に関する独自調査を実施した。(2023年7月、インターネット調査、製薬会社勤務者1000人と医師318人から回答を得た。)
独自調査の結果を踏まえ、昨今のヘルスケア業界におけるコンプライアンスの課題やリスク管理の在り方についてみていこう。
業界特有のコンプライアンスリスクの複雑さ
一般的なコンプライアンスリスクは、データ改ざんや情報漏洩など実際に生じる「見えるリスク」と、労働慣習や職場の風通しなどリスクを生み出す「組織風土」に分類できるとされるが、これらに加えてヘルスケア領域におけるリスクはさらに複雑だ。
ヘルスケア業界に特有のコンプライアンス課題としては主に3つの分野に分かれる。
まず医薬品の製造現場における安全管理について定めた薬機法に基づく薬事規制、次に製薬協コードや法規制に則って定められた自社コードによる広告規制、そして公正競争規約によって規定された利益供与に関する規制である。法律規制と自主規制が複雑に絡み合い、求められる対応は非常に複雑でかつリスク管理項目も多いと言える。
「先発メーカー vs 後発メーカー」「国内企業 vs 外資企業」
企業間でもコンプライアンス意識に生じる差
調査結果に関して、まずは企業側のコンプライアンス意識についてみていく。
領域を問わない基礎的なコンプライアンス研修の定期実施率は、先発メーカーで87.9%、後発メーカーで70.8%となり、先発メーカーでより高い結果となった。
各種規定(厚生労働省の販売情報提供活動ガイドライン、製薬協コード、製薬協コードに基く自社コード、公正競争規約、公競規に基づく自社コードの5つ)ごとの専門的な研修プログラムの実施率に関しても、いずれの規定についても、先発メーカーでで約7割なのに対し、後発品メーカーにおける実施率は約5割であり、押し並べて先発メーカーで高い結果となっている。
国内企業、外資系企業で比較すると、研修の実施率は一般研修・専門研修とも外資企業で高い。外資系企業にとっては、これらの規定やガイドラインは日本独特なものであり、日本で販売活動をする上で理解と対応が求められる項目である。特に販売情報提供活動ガイドラインに関する研修の実施率は78%と高く、日本のルールに対する知識不足からくる無用な摘発を受けないためにも、意識して研修を行なっている様子が窺える。
さらに、これらの研修が実際の業務に対応しているかについてもアンケートを実施した。「十分対応できる」と回答した者は、先発メーカーで6割、後発メーカーで5割であった。国内企業・外資系企業の別では、外資系企業において「十分対応できる」と回答した者が7割に達した。研修の実施率とともに、内容や質の高さが窺える。
MR「十分な営業ができない」74.1%
営業先によって規則の遵守度を変えるケースも
次に現場での医薬品の情報提供に関して、自由記述を踏まえた結果をみていく。
社内の規則を守ることで得意先との関係で悪影響があった例について、製薬会社勤務者と医師の双方にアンケートを実施した。
製薬会社勤務者では、『規則を守るがゆえに十分な営業ができない』という項目に対して、同意する意見が74.1%となった。具体的な声としては、「コンプライアンスを遵守するため、説明が回りくどくなり伝わらない」「他社ができることが会社規程でできない」「(各種規定について)医師に理解いただけず怒らせてしまう」などといったものが挙がった。また、規定と実際の現場で生じる溝から、13.8%の製薬会社勤務者が『得意先や案件によって規則の遵守度を変えてしまう』と回答した。
医師「情報の質が低下している」35.2%
業界規定に対する理解は消極的か
一方、回答した医師のうち35.2%が『以前と比べて情報の質が低下している』とした。製薬会社の自社規程の在り方について問うた項目では、「情報提供に面白みがなくなっている」「パンフレットをなぞっただけの説明を聞いても意味がない」などの意見が挙がった。また、「(自社規程を)必要以上に厳しくしている会社は付き合いが面倒なので面会しないでもらいたい」とする声もあり、各社が異なった自社規程を使用しているが故に生じた不満であると想像された。
コンプライアンスに関する医師の認識や理解について、医師側の態度は積極的とは言い難い。『医療関係者が自社コードまで理解しておく必要はない』と回答した医師は51.9%に昇った。また、情報提供の質に対する不満の声が上がる一方で、『接遇・情報提供に関して、業界平均より厳しいルールを設定している会社は緩和したほうがいい』と回答した医師は約4割程度に留まり、業界規定に対する関心自体が曖昧であることが窺える。医師自身が業界規定に関して積極的に把握し理解を深めようとする傾向は乏しく、理解の度合いについては企業側担当者の対応次第であると言えそうだ。
ルールを守りながら医師の期待に応えていくために
「再点検」と「背景への立ち返り」
ここまでをまとめると、医師向け営業でのコンプライアンス最新事情において、企業側では規定の中で営業に厳しい制限が生じること、医師側では業界の各種規定に対する理解の乏しさといった問題があると言える。
業界規定を遵守しながら、営業先の医師の期待に応えるためには、どうしたらいいだろうか。現実に即したコンプライアンス管理の在り方として、2つの視点が重要である。
一つ目の視点は「再点検」だ。これには二つの意味がある。一つは、社内の研修・チェック体制における見直しだ。現場判断や担当者による裁量による規定違反が起きていないか、定期的に確認する必要がある。もう一つは、自社コードが過剰でないか、現場に即しているかの見直しだ。コンプライアンスの課題の中で、現実に一番問題が起きるのは第一線の現場で医師と交流する担当者である。3人しか参加しない説明会で弁当を10個用意するように言われる、本来は認められていない適応外の情報を求められる…そういった、医師からの要求がコンプライアンス違反に当たる場合にどのように対応するか。現場の営業担当者の対話力・解決力がものを言うのはもちろんだが、職場の風土や体質、社としての姿勢が大きく関わってくる。
二つ目の視点は「背景への立ち返り」だ。なぜ自社は、他社よりも厳しいルールを採用しているのか、その背景理解なくしては継続的な規定の遵守は困難である。多くの医師が業界規定に対して積極的な関心を持っていない現状において、コンプライアンス遵守の必要性に対する医師の理解は、営業担当者の対話力に委ねられていると言える。その対話の源泉になるのは、各担当者が何に基づいて話をし、行動するのかといった、企業理念や行動規範への立ち返りではないだろうか。
チェック体制の強化と、背景や理解をメインとした研修の実施。守りのコンプライアンス部ではなく、ポジティブで攻めのコンプライアンス部へ。長期の戦略で取り組むことが重要だ。
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