医療現場に渦巻く「惑い」「怒り」=緊急調査、医師522人が回答
2024.5.14
医師の時間外労働上限規制が始動〈前編〉
医師の長時間労働を是正する目的で時間外労働の上限規制を定める制度が2024年4月にスタートした。医師の「犠牲」の上に成り立つ日本の医療提供体制を見直し、個々の医師がより長く健康な状態で、良質な医療を提供し続けるようにする狙いがある。実際に医療現場ではどのようになっているのか。日経リサーチは日経BP運営の「日経メディカルOnline」に登録する医師を対象にアンケート調査を実施、522人から回答を得た。調査結果からは、上限規制には賛成する医師が多いものの、人員確保のできない医療機関などからは「惑い」や「怒り」の声も聞かれた。
「実態の把握状況」に見る経営と現場の意識の乖離
まず「医師の働き方の現状に対する課題」について聞いた。6割超の医師が「長時間労働」「人員の不足」と回答。経営会議に常時参加している「経営層」と、そうではない「非経営層」に分けてみると、「非経営層」で最も回答率が高かったのは「医師への業務の一極集中化」(64.9%)だった。看護師など医師以外のコメディカルスタッフでも対応できる行為も医師が対応するケースを厚生労働省も指摘している。長時間労働で疲弊する医師ほど、「今すぐできる対策」として「一極集中の緩和」を強く求めているといえそうだ。
医師の働き方の課題とは
※役職がなく、経営会議に参加していると回答した方は除く
働き方改善に向けて重要な対策については「人員の補充」(57.1%)との回答が最も多く、「ワークライフバランス向上の推進」(39.8%)、「勤務制度の見直し」(38.7%)と続いた。経営層、非経営層に分けてみると、経営層の「人員の補充」との回答が64%に達した。
では実際の働き方改善の進捗はどの程度か。改善の「一丁目一番地」といえる「労働実態の把握」について経営層は24.9%が「すでに実施し効果が出ている」と回答。一方、非経営層は15.3%にとどまり、10ポイント近く乖離した。一般的な企業に置き換えれば、経営側の4分の1は十分に実態把握ができていると認識しているのに対し、従業員の8割以上は経営側の把握状況に不満を持っている、という構図だろう。働き方改革で最も大切なことは「何を改革するべきなのか」を「労使」で議論し、現状を共有して歩み寄ることだと思うが、医療現場ではまだその流れはできていないようだ。
※役職がなく、経営会議に参加していると回答した方は除く
「収入が減るだけ」「救急車を断っていいのか」
そもそも上限規制の導入に賛成か反対を聞くと、57.5%が賛成、33.5%が反対で、9%は「わからない」と回答した。ただ賛成と回答した医師の多くも「総論賛成、でも…」という思いを抱えている。以下は自由記述で綴ってもらった医師の率直な想いだ。圧倒的な人手不足に悩む現場で、効果的な対策もなく残業を減らせば、業務停滞やサービスの質低下を招く恐れがある。物流業界なら配達時期が遅れ、配達料金が上がる。しかし生命と向き合う医療はサービスではなく、割り切れるものではない。「働き方改革を理由に救急車を断っていいのかわからない」との声は現場の悲鳴で、「サービス残業が増えて収入が下がる」という声が非経営層で目立ったのも気になった。
「医師の時間外労働上限撤廃」に関する現場の声
経営層(n=253)
- 今まで犠牲の上に医療は成り立っていた〈賛成〉
- 医師であれば無条件に働くべきだという考え方の是正につながる〈賛成〉
- 女性医師が多くて当直医師がたりない〈概ね賛成〉
- 概ね賛成であるが、過疎化が進んでいる地方都市では人員を確保するのが困難〈概ね賛成〉
- 上限はあってしかるべきであるが、法律で一律に規制する方法論が未熟〈概ね賛成〉
- 患者サービス低下につながる〈概ね反対〉
- 患者の容体より時間を優先するわけにはいかない〈概ね反対〉
- 医師の充足を伴わないままの施行では、いたるところに矛盾が生じる〈反対〉
- ダメ医者が増えるだけ。やる気のある若者の研鑽の気力を奪うだけ。やるべき改革は働くのがつらくなった時に逃げ道を作ってあげること〈反対〉
- 働き方改革による人員不足で現場が回らなくなった場合、救急車をそれを理由に断ってよいのかが分かりません。大事故や大災害が起こった時も、死者が増えるのもやむを得ないということなのか〈わからない〉
非経営層(n=111)
- 強制力がないと進まない〈賛成〉
- 上限は設けた方がよいが、科によってかなり差があるので、微調整は必要だろうと思う〈概ね賛成〉
- 急患が来院続けば事実上無理である〈概ね反対〉
- 実労働はそのままで、表面上な時間だけ削られて収入減になる可能性があるから〈わからない〉
- 女医や子持ちはすぐ帰るので結局一部が残って対応している〈わからない〉
最後に、そもそも「上限規制に対応できるのか」との設問に対しては、「対応できる」との回答は経営層で73.1%、非経営層で64.9%だった。「対応できない」との回答はそれぞれ20.6%、28.8%にとどまった。新しい医療体制の確立に前向きに挑戦する気持ちを感じる回答結果だが、非経営層ほど慎重だともいえる。命懸けで患者の命と向き合う医療現場の働き方改革ほど、難しいものはないと改めて感じた。
※役職がなく、経営会議に参加していると回答した方は除く
コラム<後編>は、医師の働き方改革に対して、医薬品や医療機器などを手掛ける企業は何ができるのか、をテーマに調査結果を分析する。
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