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価値創造人材の育成を見据えた「KAITEKI健康経営」

 日経「スマートワーク経営」調査の回答企業は、人材活用に関する施策導入の成否を測る指標として、どんなKPIを活用しているのか。また、KPIの活用をどのように生産性の向上につなげているのか。KPIと生産性に関する調査結果と、独自の指数で人材活用に取り組む企業の事例を紹介します。

SW_4.5stars三菱ケミカルホールディングス

 

SW_kpi02 三菱ケミカルホールディングス(MCHC)グループは39カ国・地域に従業員7万人近くを擁するグローバル企業だ。グループビジョンとして明示するのは「KAITEKI」の実現。従業員一人ひとりが健康で生き生きとした働き方が できているかを測るKPI(重要成果指標)を設けるなど、価値創造を担える人材の育成を見据えた取り組みを進める。

危機感からスタート

 MCHCグループは経営理念に「人、社会、そして地球の心地よさがずっと続いていくこと」を意味する「KAITEKI実現」を掲げるが、自ら「THE KAITEKI COMPANY」をうたった企業も珍しい。
 一見、変わったスローガンの背景には2007~08年に直面した危機がある。新興国の石油化学企業の台頭、行き過ぎたマーケット至上主義への懸念、工場での重大事故などだ。KAITEKIの理念は、当時まだ日本では一般的でなかったサステナビリティ等に関する国際会合に参加して最先端の潮流に触れた当時の経営陣が打ち出したのが始まりだ。地球規模での環境や健康、エネルギー問題などの解決を次代に向けた経営目標に据え、09年には「地球快適化インスティテュート」というシンクタンクを設置。会社の将来像について検討、議論を重ねながら、①Management of Economics(MOE)②Management of Sustainability(MOS)③Management of Technology(MOT)の3つを「KAITEKI経営」の軸に設定し、時間や外部環境の変化を意識しながら一体的に実践する体制の礎を築いた。こうした準備期間を経て11~15年度の中期経営計画を策定し、16年4月には、新たに「KAITEKI健康経営」を宣言。今は20年度に向けた本格ステージのさ中にある。
 KAITEKIはMCHCグループの革新的なビジョンであり、「KAITEKI健康経営」の根幹を支えるのが18年7月に打ち出した人材活用のKPIだ。

「従業員が最も大事」

図表1 KAITEKI健康経営とKPIの概念

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 今年4月に施行された働き方改革法は、OECD諸国の中でも見劣りする日本企業の労働環境の改善、つまり残業時間削減や有給休暇取得などに焦点が当たっている。だが、MCHCの"健康経営"は発想が異なる。即ち、グループ自体は成長を遂げ、業績や社会貢献に対する会社や投資家側の評価が向上する一方で、意外にも従業員自身の満足度はあまり向上していなかった、という気づきに立脚している。そこで、「従業員は最も大事なステークホルダー」であることを明確な理念とし、従業員が生き生きと働けないようでは激動の時代を乗り越え、企業としての持続的な成長はなしえないとの認識を踏まえ、満足度の向上を阻害する要因を科学的に分析。そして個々人の健康と働き方が可視化できる仕組みを作れば生産性も上がり、新たな価値創造を担える人材が育成できる、という視点にたどり着いた。そのために設定したKPIが「いきいき活力指数」「働き方指数」「健康指数」の3つである。よくKPIに用いられる総労働時間などは「部分」に過ぎない。
 各指数のベースとなる従業員への意識調査(健康サーベイ)は年1回、約2万6000人規模で実施。例えば「いきいき活力指数」では、やりがいや職場への満足度、会社の理念への共感、上司への信頼、自分の力が何パーセントぐらい発揮できているか等、10数項目についてパラメーターを組み込んで指数化している。ただ、満足度という感覚を測定するために一体、何を算定項目にすべきか……。組織横断型のプロジェクトチームは、産業医も加わって熱い議論を繰り返したという。
 「働き方指数」では働きやすさ、働き方に対する意識の変化などを数値化した。テレワーク制度やサテライトオフィスなどの利用も推奨しているが、指数設計の底流には従業員の創造力を引き出すための「考える時間の確保」がある。
 「健康指数」では文字通り、睡眠時間、血糖値、心拍数、BMI(肥満度)、歩数、また日々の生活に満足しているか等を指数化し、イントラネットで各従業員にも開示している。18年4月以降、先行的に国内の約1万4千人を対象に健康数値が計測できる腕時計型のウェアラブルデバイスを配布し、ICT(情報通信技術)を使って健康状態を産業医らが把握し、従業員自身もチェックできる仕組みを構築したのは斬新な取り組みだ。既に改善傾向が表れており、今後、海外拠点にも広げる意向だ。
 KPI運用の基盤となる「i²Healthcare」(アイツー・ヘルスケア)と呼ぶ新システムは、開発に約1年半をかけ昨年春に始動した。同システムで個々の健康診断、日々の活動状況、働き方のデータや従業員アンケートなどの結果を統合、従業員それぞれの状況を可視化し、最終的には活力の最大化を支援することを狙っている。健康指数だけでなく、他の2指標の構成項目との因果関係なども分析できるという。

分厚い布陣で啓発活動

 KAITEKI経営の理念も定着してきたが、その在り方は今後もずっと考え続けなければならず、KPIも同様だ。現在、KAITEKI経営を担うMCHC内の経営戦略部門の陣容は50人ほど(兼務も含む)。各事業会社から人材を集めており、KAITEKI実現に資する会社の買収を検討・支援するM&A部隊も同居している。

SW_mitsubishi_02また事業会社ごとにCSO(Chief Sustainability Officer) に加え、CHO(Chief Health Officer)を配置しており、健康経営に関するユニットも存在する点で相当に分厚い布陣と言えよう。KAITEKI実現に向けて、主要グループ会社が一堂に会する定例会議も行っており、年1回のスパンでPDCAサイクルを回し、従業員とも情報を共有する体制を敷いている。
 18年夏からは、部長、マネジャー級の約400人を選抜して、KAITEKI経営に関するワークショップを20人ずつ、計20回ほど、3~4年かけて実施するプロジェクトもスタートした。価値創造人材の育成に向け、役職者の組織運営を通じて従業員への意識の浸透、啓発を図るのが目的だ。創造性、生産性向上に向けた人材活用のユニークな実験の成果が注目される。

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