「調査」と「観測」~世論のゆくえ 世論調査のルール(2) “カバレッジ”を高めること
世論調査における大事なルールとして、初回コラムでは無作為抽出であることの必要性について説明した。理論的には調査対象の母集団からの無作為抽出であることが必要だが、実際には母集団そのものからではなく、母集団に近い何らかの名簿(枠)から抽出することになる。この場合の抽出対象を「枠母集団」という。母集団と枠母集団が完全に一致するケースもあれば、しないケースもある。枠母集団となる名簿が母集団をカバーしている割合をカバレッジと呼ぶ。もし、母集団と完全に一致していれば、カバレッジは100%となる。有権者に対する世論調査を住民基本台帳(その中の有権者にあたる年齢)や選挙人名簿から無作為抽出すれば、カバレッジは100%といってよく、その場合の調査はカバレッジ誤差がない高品質(正確)な調査だと言える。
抽出元の名簿のカバレッジが低いと、調査の品質に致命的な悪影響を及ぼす。偏った名簿からの抽出に基づいて調査しても、それはその名簿の集団の特性を調査するだけであり、有権者全体を調べたことにはならないからだ。
あまりにも有名な歴史的教訓に、1936年の米大統領選挙の情勢を探るために「リテラリー・ダイジェスト」社が実施した調査での予測ミスがある。同社は自社の雑誌購読者と自動車の保有者・電話の利用者のリストを基に200万を超える回答サンプルを集め、共和党のランドン候補が57%の得票を得て勝利すると予測した。しかし、実際の選挙は民主党の現職ルーズベルト大統領の圧勝だった。同社の調査は雑誌の読者や自動車・電話の保有者といった富裕層のことを調べたにすぎず、米国全体の世論を調べていなかった。
これではサンプルの数をどんなに大きくしても、サンプリングの精度を高めても、枠母集団の特性を正確に把握できるようになるだけで、世論の把握には役立たない。
現代でも、例えば、Twitter上で実施したアンケートはそのTwitterのページを見た人の特性を調べただけだし、モニターを対象としたWeb調査もそのモニター(インターネットを利用しているだけでなく、自発的にモニターに登録した人)の特性を調べただけに過ぎない。これらは世論調査としてはカバレッジが著しく低い調査に分類される。従って、無作為抽出ができていない調査と同様、偏りのある調査であることを前提に、結果を活用する必要がある。
1990年代まで、電話調査は電話帳を枠母集団としていた。その当時、個人の固定電話番号の電話帳掲載率は70%程度だったが、低下傾向にあった。そこで、電話帳の非掲載者にもアプローチができるRDD法を導入し、カバレッジを飛躍的に高めることで掲載率の低下をカバーした。しかし、その後、固定電話自体の利用者が減少。2010年代に入り、その保有率が70%程度となったところで、携帯電話も含めた枠母集団に改められた。
現在は電話世論調査も、自動音声応答通話(オートコール)を使った世論観測も、枠母集団は全ての電話利用者であり、ここには固定電話も、携帯電話も(スマホもガラケーも)、IP電話なども全てが含まれる。カバレッジに含まれないのは、電話を全く保有していない人だけだ。世論調査と世論観測のカバレッジの品質は等しく高品質である。
オートコールによる調査は回答率が低い(この点については今後このコラムで説明する)。しかも、無作為抽出ではないため偏りがあり、世論調査とは言えないのだが、カバレッジが著しく低いモニターを対象としたWeb調査と比べれば、数値(%)は世論調査の結果に近いことが見て取れる。それは少なくとも、調査対象が何かに限定されることなく、世論調査と同様に幅広い「世論」を対象にしているからだ。
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