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ビジネスと人権を巡る企業の課題|【連載2】ビジネスパーソン1万人調査からみる日本企業の人権教育の現状

日経リサーチは日本経済新聞社と実施している日経SDGs経営調査などで蓄積した知見をもとに企業のサステナビリティ経営を支援する各種サービスを展開しています。

 

今年7月には、ビジネスの現場で起こりうる人権侵害事例を解説動画で学びつつ、自社とサプライチェーンで発生リスクの高い人権課題を可視化する人権教育サービスビジネスと人権Check&Learningをリリースしました。11月には海外の子会社や取引先でもご利用できるように英語版も用意しました。

 

英語版のリリースに合わせて、注目が高まっている「ビジネスと人権」に関する企業の取り組みや課題について、3回に分けて紹介します。

 


 

企業が直面する人権問題の範囲は多様化し、その責任はサプライチェーンの上流・下流へと拡大しています。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」のもと、日本企業においても「人権デューデリジェンス(人権DD)」は普及しつつありますが、その取組内容は未だ発展途上にあります。

 

人権DDの難しさは、形式面だけを整えるのではなく、実効性を強化するところにあります。仮に企業が、自社やサプライチェーンの実態に目を向けることなく、人権DDを形式的なものとして捉え、現場で実効性のない画一的なルールを実施すれば、本社と現場の間に認識や判断の「ギャップ」が生じてしまいます。すると、現場から本社に正しい情報が伝わらず、ルールがより画一化・形骸化し、その実効性は一層損なわれることになります。

 

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                   図表1:人権リスクの構造

 

こうした問題を克服し、実効性ある人権DDを実施するには、現場の意識を変えることが何より重要です。そのためにまず、現場の従業員の行動を深く理解し、それを人権DDの設計と運用に活かす必要があります。そこで参考になるのが「倫理的意思決定モデル」です。

 

このモデルは、従業員の行動が「認識」と「判断」に基づき引き起こされるとの考えが前提になっています。倫理的行動であれ非倫理的行動であれ、「認識」と「判断」の両者が揃って初めて行動が引き起こされるわけです。(ただし、そうした認識と判断には、その背景にある「問題の性質」や「組織および個人の要因」が影響を与えていると考えられています。)

 

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             図表2:「倫理的意思決定モデル」の概要

 

人権侵害においても、従業員がそれを「問題行為だと分からずにやってしまう」という場合もあれば「問題行為だと分かっていても、なんらかの理由でやめられない」という場合もあるでしょう。したがって、人権侵害を防止するには、従業員が人権リスクを「正しく認識」し、リスクに対する「正しい判断」を下す必要があります。

 

このように考えれば、従業員が人権侵害リスクへの「理想の対応」を知ったうえで、それを「現実の対応」として実行に移すことが重要だと言えます。つまり、そのいずれかの段階で、誤った対応(望ましくない対応)をしてしまうと、現実に人権侵害が発生することになるわけです。こうした観点に立てば、人権侵害の発生状況は、下図の通り「象限①」〜「象限④」の4つに分類することができます。

 

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                 図表3:人権侵害の発生状況の分類図

 

私が監修し、日経リサーチが開発したビジネスと人権Check&Learningは、15のケーススタディを用いて、各ケースに対する「理想的な考えや行動」と「現実に取るであろう考えや行動」を分けて答えもらう実践的な教育ツールです。「理想的な考えや行動」と「現実に取るであろう考えや行動」を分けて答えてもらうことで、上記4つの象限に沿って回答者の「認識」と「判断」のギャップを明らかにすることができます。

 

今回、ビジネスパーソン1万人に対して、本サービスと同様の15事例に対する「理想的な考えや行動」と「現実に取るであろう考えや行動」を答えてもらい、その結果を個人の性格や行動の特徴(個人的要因)と組織の倫理的な文化や風土(組織的要因)に関するアンケート調査の結果と組み合わせるインターネット調査を行いました。その分析結果を以下に紹介します。

 

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                 図表4:各事例の正答率(単位:%)

 

上図は、全ケースにおける「理想」と「現実」それぞれの正答数です。このうち、18歳未満の従業員の労働と事故、施設での聴覚障がい者の対応、倉庫の安全対策、顧客の誤った製品使用では、いずれも正答数が少ないことから、知識・情報の不足が課題となっていることがわかります。

 

これらは比較的身近に起こりうる問題ですが、一見当たり前のように思われる対応が、人権侵害に当たることもあるため、「日常的な感覚」と「ビジネスと人権における専門知識」の違いを理解することが重要と言えます。


また、全ケースを通じて、概ね理想よりも現実の回答の方が、正答率が低いことから、多くの従業員が「人権侵害だとわかっていても、それを防止できない」という状況に直面していることがわかります。

 

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              図表5:組織の倫理的文化・風土の影響(単位:%)

 

特に、調達先の外国人労働者の権利、調達先における児童労働、地域住民・社会の環境権では、人権問題であることを多くの従業員が理解しながらも、それが適切な行動に結びついていないことがわかります。

 

これらの問題は、サプライヤーや地域社会など自社とは取引上、距離のある場所で起こりうるため、問題を認識しても、実際に対策を講じるのが難しいと感じられるのかもしれません。とはいえ、組織風土・組織文化の優れている企業においては、こうしたケースについても理解と行動のギャップに直面する従業員(象限④)が少なく、また理解と行動の両方が備わっている従業員(象限①)が多いことがわかりました。

 

これらをまとめると、以下の結論が得られます。まず「(1)身近に起こりうる人権問題でも従業員が正しい認識を持っていない場合があること」、また「(2)正しい認識を持っていても、サプライチェーン上で起きる問題については、必ずしも正しい行動を取れるわけではないこと」、しかし「(3)こうしたケースにおいても、倫理的な組織風土を作ることが、従業員の正しい行動を促すこと」です。

 

人権侵害を防止するために企業が講じるべき対策は、人権課題によって異なり、個々の企業によっても異なります。とはいえ、従業員の方々に、教育トレーニングを通じて、ビジネスと人権に関する正しい理解を得てもらうことが重要である点に変わりはありません。さらに、そこで得られたデータをもとに、組織風土・組織文化を改善することで、本社と現場のギャップを克服し、実効性の高い人権DDの実現が可能となるでしょう。

                         麗澤大学国際学部 准教授 藤野真也

 


 

ビジネスと人権Check&Learningは、自社や子会社・取引先の従業員に対する人権教育ツールとしてご利用いただけます。

 

動画によるケーススタディの学習で、ビジネスと人権に関する様々なリスクを実践的に学ぶことができます。また、自社の人権方針や苦情処理窓口を知っているかといったアンケートも用意していますので、自社のビジネスと人権に関する取組が従業員に伝わっているかも把握できます。

 

日本語版と同時に英語版の研修を実施できますので、人権教育の多言語対応が求められる場面でもお役立ていただけます。詳細は以下のページをご覧ください。

 

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