ビジネスと人権を巡る企業の課題|【連載3】日本企業の海外現地法人における人権リスクについて
2023.12.12
日経リサーチは日本経済新聞社と実施している日経SDGs経営調査などで蓄積した知見をもとに企業のサステナビリティ経営を支援する各種サービスを展開しています。
今年7月には、ビジネスの現場で起こりうる人権侵害事例を解説動画で学びつつ、自社とサプライチェーンで発生リスクの高い人権課題を可視化する人権教育サービスビジネスと人権Check&Learningをリリースしました。11月には海外の子会社や取引先でもご利用できるように英語版も用意しました。
英語版のリリースに合わせて、注目が高まっている「ビジネスと人権」に関する企業の取り組みや課題について、3回に分けて紹介します。
過去10年のあいだ、日本企業は以前にも増して海外進出を加速させています。日経平均採用銘柄の海外売上高比率は急激に上昇し、現在では40%に近づいています。海外現地法人企業数や海外現地法人常時従業者数を見ても、10年間で1.5倍程度にまで増加しています。
これらの増加分のほとんどは、アジア地域への進出に占められている点に特徴があります。その背景には、安価な労働力と拡大するマーケットがあり、ビジネスチャンスを求めて多くの企業がアジアに進出しています。
しかし、残念ながらこの地域では、依然としてビジネスを巡る人権侵害が多発しています。Global Rights Indexは、労働者の権利侵害に関する深刻度を国別でランキングにし、地図上に色付けして公開していますが、アジア諸国は概ね色が濃く、2023年現在でも人権侵害が深刻であることがわかります。
出典:https://files.mutualcdn.com/ituc/files/EN.-Infographic_2023_A4_v15.pdf
アジアなどの新興国・途上国で生じる人権侵害には、日本国内と共通する問題もあれば、異質の問題もあります。
例えば、低賃金・長時間労働・安全衛生不足などは、深刻さの違いはあれども、国内でも海外でも起こりうる問題だと言えるでしょう。他方で、未成年者を働かせる児童労働や、土地利用を巡る居住地の収奪、政府による言論規制などは、国内ではあまり起きないとしても、海外では頻繁に起こりうる問題です。また、一部の地域では、強制労働や暴行、処刑といった残虐な行為も常態化しています。
こうした現状を踏まえ、本稿では、海外ビジネスにおける現地法人やサプライヤーの管理を念頭におきながら、日本企業が直面する人権侵害のリスクと効果的な対策について、検討したいと思います。
海外拠点における人権侵害のリスク
海外においても、国内と同様に、人権を尊重したビジネスが求められるのは、言うまでもありません。とりわけ、企業が人権侵害リスクの高い新興国や途上国に進出する場合には、現地拠点に対しても人権侵害防止のガイドラインを適用することで、問題の発生を未然に防止することが重要となります。
しかし、日本企業の海外拠点においては、拠点管理業務のほとんどを、1〜3名といった少数の日本人従業員が担っていることは珍しくありません。このため、現場の責任者たちは、営業・人事・会計その他の日常業務に追われる一方で、人権問題への対応に割ける時間と労力に乏しく、大多数の現地人従業員の行為に広く目を配ることが難しくなります。
このような状況においてこそ、従業員の全員が自ら人権に対する認識を高め、自律的に人権保護の行動をとるよう促すことが重要となります。
例えば、事例を交えたトレーニングを通じて、従業員に人権問題の深刻さと人権保護の重要性を理解させることです。また、身近な状況で生じる人権侵害のシミュレーションを通して、人権保護のガイドラインを共有します。そうすることで、従業員はガイドラインの意義に対する理解を深め、問題に直面したときに正しい行動をとるために、必要な知識を得ることこができます。
海外サプライヤーにおける人権侵害のリスク
人権侵害のリスクはサプライヤーと取引をする際にも生じます。とりわけアジアの一部地域では「人権」という概念そのものが社会に根付いていないため、人権侵害が当然のこととして受け入れられている場合もあります。
このような地域でローカルのサプライヤーと取引をする場合、サプライヤーの組織に人権保護に関する規範が浸透していない可能性を念頭におく必要があります。そこでまずは、サプライヤーにおける人権リスクを正しく特定・評価するため、現地の労働環境に関する正確な情報収集が不可欠となります。
特に、海外サプライヤーとの取引では、現場のリスク情報が日本の本社に届かないことも多いため、外部機関や専門家との連携を通じて、サプライチェーンに潜む様々なリスクを明らかにすることが求められます。
例えば、サプライヤーを対象とした人権問題の報告チャネルを整備し、従業員が異常を発見した場合には迅速な対応ができるように環境を整備することが挙げられます。人権問題の調査を専門に行うNGOと対話をすることで、協力を仰ぐのも有効な手段と言えます。
しかし、こうした手段を通じて、現地における人権侵害発生の事実を認識したとしても、必ずしも適切な判断を下し、人権侵害防止の行動を起こせるとは限りません。
前回のコラムでご紹介したビジネスと人権Check&Learningのビジネスパーソン1万人調査の結果によれば、サプライチェーンや地域社会など、本社との取引関係上、遠い場所で起きる人権侵害に対しては、リスクを認識したとしても、正しい判断を下せない場合があることを示唆しています。このため、「人権デューデリジェンス(人権DD)」を適切に運用しようとしても、関係性の希薄な海外サプライヤーを相手にすると、手続きが形骸化してしまうおそれがあります。
そこで、やはりサプライヤーに対しても、人権に関するトレーニングを提供し、人権保護の価値観を共有することが不可欠となります。これにより、サプライチェーン全体で一貫性のある人権対応が可能となります。
倫理的な組織風土の構築
また、倫理的な組織風土の構築に取り組むことで、従業員の正しい行動を促すことも期待されます。
企業の経営陣においては、人権へのコミットメントを徹底するだけでなく、倫理的な行動を体現していくことが不可欠です。例えば、経営トップが人権に関する方針を公にするだけでなく、それに基づいて経営上の意思決定を下すことで模範を示し、従業員にガイドラインを遵守することの重要性を認識してもらいます。
そのためには、従業員やサプライヤーとの間で透明性のあるコミュニケーションの機会を設けるとともに、従業員の積極的な参加を奨励することも必要となるでしょう。サプライヤーとの関係においては、外部の専門家による協力を仰ぐことで、倫理的な取引関係を構築するためのアドバイスを得ることが必要になるかもしれません。
こうした取り組みを通じて、組織文化に根ざした倫理的な価値観が確立されることで、従業員やサプライヤーにも、ガイドラインに基づく正しい行動が自然と身につくことが期待されます。
これらのアプローチにより、日本企業は人権DDをより効果的かつ総合的に実施し、幅広いステークホルダーが人権に配慮した行動を積極的に取れる環境を整えることが可能です。
特に、海外の拠点やサプライチェーンの管理においても、従業員教育と倫理的組織風土の構築を組み合わせたアプローチを統合的に採用することで、グローバルレベルの人権保護体制を一層強化することができるでしょう。
麗澤大学国際学部 准教授 藤野真也
編集後記
今年9月に、ベトナムと同じく東南アジアに位置し数多くの日本企業が進出しているタイで、サステナビリティに関する取り組みについて企業へヒアリングした際、藤野先生とご一緒しました。
日系企業の現地法人ではなく現地企業が対象でしたが、サステナビリティへの関心は高く、環境分野では取り組みも強力に推進されている企業が多くありました。一方で、自社やタイ国内のサプライヤー企業も含めた人権リスクへの対応は、タイ企業であってもなかなか進んでいない現状を感じました。
藤野先生が指摘されている通り、現地の労働環境を把握し、研修の実施も含めて長期的なスパンで人権を尊重する価値観を醸成することが必要になると感じました。
編集企画部/サステナビリティセンター 西山晃弘
ビジネスと人権Check&Learningは、自社や子会社・取引先の従業員に対する人権教育ツールとしてご利用いただけます。
動画によるケーススタディの学習で、ビジネスと人権に関する様々なリスクを実践的に学べます。また、自社の人権方針や苦情処理窓口を知っているかといったアンケートも用意していますので、自社のビジネスと人権に関する取組が従業員に伝わっているかも把握できます。
日本語版と同時に英語版の研修を実施可能で、人権教育の多言語対応が求められる場面でもお役立ていただけます。詳細は以下のページをご覧ください。
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