20カ国ベンチマーク調査に見る 各国のコンプライアンス意識の実態
はじめに
2023年5月と12月の2回に渡り、日本と海外の19カ国・地域、合計20カ国のビジネスパーソンを対象にコンプライアンス意識に関する実態を調査した。この20カ国のベンチマーク調査の結果を基に、各国のコンプライアンス意識の実態をご紹介したい。
まずコロナ前後の国内の意識変化を説明し、その後、20カ国の調査結果を比較し、各国のコンプライアンス意識の特徴をお話しする。
今回のポイントは、3つ。
①コンプライアンス教育が機能するためには、会社方針の腹落ちが必要
②経営層や上司が現場を理解する姿勢がコンプライアンス意識の向上につながる
③上司やメンバーとの良好な関係性が心理的安全性を高め、コンプライアンスのリスク抑制につながる
キーワードは経営層、上司、メンバーである。 要するに、縦と横のコミュニケーションによる風通しの良い組織風土が重要、ということだ。
では、このように結論付けた背景を20カ国・地域のデータを基に説明しよう。 20カ国・地域調査は日本が23年5月、海外は5月と12月に実施した。 海外の対象国・地域はアメリカ、メキシコ、カナダ、ブラジル、ドイツ、フランス、イギリス、オランダ、オーストラリア、中国、タイ、ベトナム、インド、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、台湾、韓国となっている。
1.コロナ前後の国内意識の変化
経営理念・ビジョン・行動指針への共感
まず、コロナ前後の国内の意識変化を見てみる。コロナを経て、経営理念やビジョン、行動指針に関する意識に変化が見られた。2つのグラフは経営理念やビジョン、行動指針について、上段が経営層からの情報発信、下段が従業員の共感に関するグラフである。肯定的な回答(青い部分)が2019年から23年にかけて増加している。コロナ禍で働き方や会社の戦略などに様々な変化があり、経営層からの情報発信が増えたことは想像に難くない。
そして、それに伴い従業員の会社の方針への共感も増えている。
実は、会社の方針への共感はコンプライアンスにとっても重要な役割を果たす。こちらもデータで見ていこう。
会社方針に共感している層としていない層を比較すると、調査結果のほとんどの項目について共感している方がポジティブな評価となった。ここでは2つの項目をピックアップして見ていく。
左側は働きがいに関するグラフで、「働きがいがある」と回答した人の割合は会社方針に共感している方が非共感層の約5倍に達した。右側はコンプライアンス教育が業務推進上、役立っていると思う人の割合を比較したグラフで、役に立っていると回答した人の割合は非共感層の約4倍となった。
この結果から、コンプライアンス教育がしっかりと機能するためには、会社方針への共感あるいは腹落ちが必要だと言える。そして、共感を広げる効果的な手段の1つが経営層からの情報発信である。
コンプライアンス意識の高まり
では、コロナ禍を経て、企業内でコンプライアンス意識は高まったのか。左側の円グラフはコロナ前とコンプライアンス意識の変化を聴取した結果で、「意識が高まった」との回答者は15%だった。そこで「意識が高まった」「低下した」と回答した層にフォーカスし、職場の風通しの良さを比べたのが右側の棒グラフである。高まった層で職場の組織風土は「風通しが良い」と回答した割合は、低下した層の約5倍となった。
風通しの良さがコンプライアンス意識の向上に関係していると言えそうだ。
職場の風通しとコンプライアンスリスク
次に、風通しの悪い職場のコンプライアンスリスクを見てみよう。職場がコンプライアンスに関わる問題が起こりやすいかどうかを聞いた結果が左側の棒グラフである。風通しが悪い職場の方が、良い職場と比べて「問題が起こる体質である」と回答した人の割合が約5倍となった。
右側のグラフはコンプライアンス問題で悩んだ時の相談先を、風通しが良い職場と悪い職場で比較した結果である。悩んだ際に「誰にも相談をしない」という項目を見ると、風通しが悪い職場は良い職場の約6倍となった。風通しが悪い職場はコンプライアンス問題が起こりやすい体質であるにもかかわらず、誰にも相談しない割合が高いので、問題が埋もれてしまう可能性がある。また、相談先として「家族・友人・知人」と答えた割合も風通しが悪い職場の方がわずかに高くなった。コンプライアンスの問題を外部に相談することで、情報が漏れるリスクがあり、注意が必要だ。
では、風通しが良い職場にはどんな特徴があるのかというと、経営層や上司が現場を理解・把握する姿勢がみられる。左側のグラフは「経営層は現場の意見や状況を積極的に把握しようとしている」と思う割合だが、風通しが良い職場は悪い職場の約5倍となった。右側は「上司は自分の仕事の状況を把握してくれている」と思う割合で、こちらも風通しが良い職場は悪い職場の約5倍だった。このように、経営層や上司が現場を把握する姿勢が風通しの良い職場を醸成し、最終的にはコンプライアンス意識の向上に繋がっていくと言える。
2.データで見る20か国・地域の特徴
風通しの良さとハラスメントリスク
ここで日本を含む20カ国・地域のコンプライアンス意識に関する特徴をデータで紹介したい。
まず、風通しの良さについて見ていく。グラフは各国ごとに職場の風通しが良いと思う人の割合を示している。
多くの国で6割以上が職場の風通しは良いと回答したのに対し、日本と韓国は4割に留まっている。風通しの良さは日本全体で見てもまだまだ向上の余地がある。
続いて、コンプライアンス問題の中でも度々ニュースで取り上げられるハラスメントについて見てみる。このグラフは、海外はハラスメントや差別が行われているのを見聞きした割合、日本はパワハラのみに限定して聴取した結果である。日本が他の国と比べてパワハラのリスクが高いことは想像に難くない結果だと思うが、インドが6割弱、ベトナムは4割を超えるなど、ハラスメントリスクが高い結果となった。両国は日系企業が製造拠点として多く進出しており、リスクの高まりに注意が必要だ。
コロナ前後の変化
今度はコロナ前後の意識の変化を見ていこう。このグラフは、「職場ではコンプライアンスより業績の向上を優先する傾向がある」と答えた割合で、三角印が2019年、棒グラフが23年の回答結果である。インドとフランス以外の国は19年から23年にかけて、業績を優先する傾向が減っている。多くの国でコンプライアンスを重視する意識が高まっていると言える。
品質問題のリスクに関してはどうか。
このグラフは「業務手順や体制に問題があり、品質的に問題がいつ起きてもおかしくない状況である」という項目の19年と23年の回答割合だが、中国は品質問題の発生リスクが大幅に改善されている。中国では2015年に「中国製造2025」という製造強国になるための政策が発表され、その第1段階である2025年に向け、目標の1つとして品質やブランド力の強化などが挙げられている。その計画が現在、終盤に差し掛かっていること、さらに2023年2月に品質強国を目指すための目標と取り組みが発表され、国全体で品質レベルを向上させる機運が高まっていることが、品質問題に関するリスクが減ってきた要因の1つと考えられる。
各国の心理的安全性
次に、各国の心理的安全性の特徴を見てみよう。
上段の棒グラフは「職場でミスを非難されない」割合で、下段は「自分の弱さや無能さをさらけ出しても安全であると感じる」割合である。日本と韓国は同じような特徴があり、ミスを非難しない割合が高いので、ミスに寛容な職場であると言える。ただ一方で、自分の弱さや無能さをさらけ出しても安全だと感じられない職場になっている。東南アジアや南アジアは日本や韓国と逆の特徴が出ており、ミスを非難されない割合が低い。比較的ミスに厳格な職場だと言えるが、弱さや無能さをさらけ出しても安全であると感じる割合は高く、ありのままをさらけ出して自然体で仕事ができる職場だと解釈できそうだ。
北米や南米、オーストラリアは2つの項目で大きな差はなく、全体的に心理的安全性が確保されている職場だと分かる。
ミスに厳格な職場・安全だと感じる職場
では、ミスに厳格な職場にはどんなリスクがあるのか。
インド、タイ、ベトナム、インドネシアの4カ国に絞って、ミスに厳格な職場のコンプライアンスリスクを見てみる。左側のグラフは「担当者以外の目が届かない業務があり、問題が埋もれてしまっている」と思う割合、右側は「経費や各種手当をごまかして申告している人がいる」と思う割合だが、どちらもミスに寛容な職場と比べて厳格な職場はリスクが約2倍になる。
このように厳格な職場では問題の埋没や経費・手当のごまかしが発生しやすくなる。
日本は弱さや無能さをさらけ出しても安全だと感じられないとのことなので、安全だと感じる職場の特徴から改善のヒントを探りたい。
弱さや無能さをさらけ出しても安全と感じる職場の方が「上司が自分の仕事の状況を把握してくれる」、「家族のような組織。人の育成、成長や一緒に物事を進めることを重視する組織文化」だと感じる割合がそれぞれ高くなった。このように上司が自分の状況を把握してくれているとか、組織のメンバーと良好な関係性を築けているということが、自分らしくありのままの状態で働ける職場を作っていくことが分かる。そして、心理的安全性を高めていくことが、コンプライアンスリスクの抑制にも繋がっていく。
おわりに
ここで冒頭に挙げた3つのポイントを思い出していただきたい。
コンプライアンス教育が機能する、コンプライアンス意識が向上する、コンプライアンスリスクを抑制する、という様々な観点でのコンプライアンス活動の推進にとって、職場の風通しの良い組織風土の重要性をご理解いただけたと思う。そして、この風通しの良い組織風土の醸成にとって必要なのは、経営層からの情報発信や上司が現場を把握する姿勢、一体感のある組織文化など、縦と横のコミュニケーションなのである。
- よく見られている人気記事
-
製薬会社に今後求められるブランド戦略とは
抗アレルギー薬にみる今後の処方を決めるポイント
組織文化面から見た不祥事発生企業の特徴と改善戦略について
広がる医療機器でのAI活用 ~医師、放射線技師が最も期待するメーカーは?~
味の素、TOTO…、変化の激しい時代に評価される企業のブランド力をデータで解説!【コーポレートブランド力向上ウェビナー】<アーカイブ動画>
- メルマガ登録
- 最新の調査レポート、コラム、セミナー情報をお届けします。 メルマガ登録はこちら
コンプライアンス調査をお考えの方は
お気軽にご相談ください
「コンプライアンス経営診断プログラム」の詳細はこちら
- よく見られている人気記事
-
製薬会社に今後求められるブランド戦略とは
抗アレルギー薬にみる今後の処方を決めるポイント
組織文化面から見た不祥事発生企業の特徴と改善戦略について
広がる医療機器でのAI活用 ~医師、放射線技師が最も期待するメーカーは?~
味の素、TOTO…、変化の激しい時代に評価される企業のブランド力をデータで解説!【コーポレートブランド力向上ウェビナー】<アーカイブ動画>
- メルマガ登録
- 最新の調査レポート、コラム、セミナー情報をお届けします。 メルマガ登録はこちら