組織文化面から見た不祥事発生企業の特徴と改善戦略について
コンプライアンス(法令遵守)に関わる企業不祥事が相次ぐ中、リスクの芽をいち早く把握し、リスクの顕在化や不祥事の発生を未然に防ぐことが、コンプライアンス経営の維持・推進に不可欠となっている。リスクマネジメントの専門家である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の高野研一氏が、組織文化面から不祥事発生のメカニズムを分析、改善のポイントを提示する。
リスク管理の第一歩は「価値観の共有」による「コンプライアンス文化」の醸成
組織文化・風土の面からコンプライアンスに関わる問題を起こしにくい組織をどのように作っていくか。私は日経リサーチと協力して問題解決のあり方を探っている。
企業は今日、様々なリスクにさらされている。思いつくままをリストアップしてみても、地震・風水害などの自然災害、爆発・機器損壊などの事故・トラブル、危険物の流出・有害物質の放出などの環境問題、さらにはテロ・犯罪、横領などの法令違反、製造物に関わるリコールや訴訟、知的所有権侵害、ハッキングや個人情報流出といった情報管理、広報など外部対応のあり方、そして業績不振などの経営状況まで、あらゆる問題に直面している。
そういった観点では、企業は安全・品質管理、情報セキュリティーマネジメントなどに不断に取り組まなければならないだけでなく、何か問題が起きてしまったときの危機管理、クライシスマネジメントについても日頃から考えておかなければならない。 その際に重要なのは、組織文化としてのコンプライアンスに加えて、「安全文化」を組織に根付かせることだ。鍵となるのは「価値観の共有」である。経営者から中間管理職、一般社員に至るまで法令遵守や事故を起こさないという考え方、価値観を共有しておく。ここでは、これをキーワードにリスクマネジメントを考えていきたい。
企業倒産の根本原因は「組織的な隠蔽体質」と「規律の緩み」
コンプライアンス問題の行き着く先にあるのは倒産だ。1991~2014年に発生した76件の倒産事例の組織要因と根本原因を分析し、パターン分類したところ、おおよそA~E群の5つのタイプに分類できる。
A群は、業績が安定していることにあぐらをかき、長期低落傾向に陥って徐々に体力を失い、倒産に至ったケース。老舗企業などにこうした事例が多い。B群は、全般に管理がずさんでガバナンスが機能せず、人材や経営基盤の崩壊を招いたケース。不動産投資の失敗で会社更生法を申請した老舗菓子メーカーなどの事例がある。C群は、風通しの悪い組織でワンマン経営者による独裁的経営が破綻を招いたケース。ブームが去った後で過大投資をして民事再生法を申請した地ビールメーカーの事例などがある。D群は、粗雑な経営戦略から抜け出せず、旧態依然とした体質で過去の成功体験を過信したケース。名門ゴルフ用品メーカーの例が挙げられる。E群は、傲岸不遜、私利私欲に陥り、組織が腐敗堕落するケース。老舗人形メーカー、大手製紙会社などの事例がある。
これらのケースはいずれも経営者に問題があったわけだが、一方で中間管理職や一般従業員などの「組織」にはどのような問題があったのだろうか。共通しているのは、①悪い情報が経営者・管理職に届かない、②組織としての判断が社会規範と乖離、③組織内の同調圧力の高まり(外部からのストレスに対する内向きの論理)、④ 社内監査・リスクマネジメントへの消極的姿勢、⑤中間管理職の危機意識の低さ(危機管理プログラムの不在や形骸化)、⑥チェック人材の独断や多忙--などの問題点があったことだ。
これら組織的体質の原因を少し深掘りしてみると、1つには「組織的な隠蔽体質」という問題が浮かび上がる。その原因としては、人事評価における減点主義、失敗をかばい合う企業風土、内向き志向などが指摘されている。
もう1つは「規律の緩み」だ。この原因としては、成功体験による慢心、トップの企業理念が浸透していない、社員が自分の人事評価・金銭的報酬に満足していない、社員が業務に疲弊して使命感を持てない--といった点が挙がっている。
「悪い情報も全社で共有」し、「問題を小さいうちに摘み取る習慣」を育てよ!
では、こうしたリスク要因にどう対処していくか。どの企業にも必ずある潜在リスクをどう扱うか。リスク情報を組織の中でどのようにハンドリングするか。これによってコンプライアンス問題は大きく左右される。
そこで重要になるのが「情報の共有」だ。特に大事なのが「悪い情報」である。良い情報は共有されるが、悪い情報の共有はなかなか進まない。情報が共有されたうえで、「意識が共有される」ことが大切だ。「リスクの芽は早期に潰していかなければいけない」という意識を経営者から管理職、従業員まで全社で持たなければならない。
その次に出てくるのが「価値の共有」だ。会社の価値とは何か。私は次の8つの軸を提唱している。すなわち、①ガバナンス(組織統率)、②コミットメント(責任関与)、③コミュニケーション(相互理解)、④アウェアネス(危険認識)、⑤ラーニング(学習伝承)、⑥ワークプラクティス(業務実施)、⑦リソース(資源配分)、⑧モチベーション(動機付け)--である。
これらは相互に関連しながら「組織文化の基盤」と「業務運営の基盤」を形成している。したがって、これら2つの基盤をしっかり築いていくことが、コンプライアンス問題を未然に防ぐための要諦となる。
今日、企業価値をどのように考えるべきか。よく「企業は株主のものだ」と言われる。ここに原点を置いて考えると、「株主価値」とせいぜい「社員価値」くらいに集約されてしまいそうだが、実は「顧客価値」と「社会価値」を合わせた4つの価値があり、これらをすべて大切に扱うことがコンプライアンス経営にとっては大変重要になる。
利益を上げて株主に報いることはもちろん大事だが、それに加えて、顧客に信頼される、社員が働きがいを持てる、社会にとって欠かせない存在となる--といったことがコンプライアンス経営の基盤になる。
そうした情報共有、価値共有によってコンプライアンス問題を未然に防ぐためのポイントは、1点に尽きる。それは「問題には小さいうちに真剣に対応し、1つひとつ確実に解決する」ということだ。毎日毎日発生する様々な小さな問題を先送りせず、その場で対処し、それを習慣として続ける。まさに組織文化として取り組む。これが一番肝心だ。「これくらいなら大丈夫だ」と放置した問題はそのうちにどんどん拡大する。エスカレートした時点ではもう元には戻れない。そして臨界点に達した時には外部に漏れ出し、手の打ちようがなくなってしまう。自動車メーカーによるデータ偽装問題などはこの典型と言える。
組織文化を変革するための6つのポイント
それでは、企業が課題解決のために今後取り組むべきポイントは何か。
第1が「業務の高信頼度化」だ。よく指摘される「mustの業務で埋め尽くされ、betterを追求できない」という現状の課題を、業務の可視化・見える化、あるいは潜在リスクの可視化・見える化によって改善していく。具体的な方法論としては、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)手法、リスクアセスメントなどが挙げられる。そのためには、日経リサーチが行っているコンプライアンス経営診断などの外部ツールを活用して、課題や問題点を抽出する方法も有効だろう。
第2が「中間管理職の意識改革」。機能不全に陥り、一体感、連携、管理の実効性が低下している場合に、業務の中核を担っている課長クラスの意識を変革する。中間管理職層がどのような意識を持っているかによって、企業の文化・風土は大きく異なってくる。リーダーシップ訓練やいわゆるソーシャルスキル訓練などが有効な方法だ。
第3が「チームワークの強化」。日本企業の場合は特にチームで仕事をすることが多いので、職場の一体感の欠如やチーム力の衰えは大きな問題となる。したがって、小集団の機能や連携の強化、いきいきとした職場づくりが重要だ。これにはコミュニケーション、チームワークなどノンテクニカルなスキルの訓練が大変有効だ。
トップダウンとボトムアップの融合を図る
第4が「部門間連携の強化」。事業所としての連携の弱体化や風通しの悪い組織を、人材ネットワークの強化によって解決する。縦割り組織の弊害を減らすために、マルチ・ファンクショナル・チームを結成するなど、部門横断型の小集団活動を実践する方法などが考えられる。
第5が「動機付けの強化」。従業員のモチベーションの低下が人材育成、技術伝承の足かせとなっているケースは多い。この問題はいわば組織の根っこの問題であり、これが解決されれば、他の問題も解決に向かう糸口になる。そのためには、「褒める文化」の醸成に加えて、定年後も専門人材として残れるエキスパート制度、やりたい人が立候補できる社内公募・挑戦制度などを整備することが有効だろう。
第6が「トップダウンとボトムアップの融合」である。これは組織管理と現場の融合とも言える。ボトムアップによる自律的活動を促し、目標の一体化を図る。こうした考え方は最近は特に重視されるようになっている。これには経営と現場の距離を縮める対話活動が大変重要で、さらには系統的人材育成プログラム、全員参加型社内活動の促進なども有効といえる。
高野 研一
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 工学博士
■略歴
1955年 神奈川県生まれ
1980年 名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了。
(財)電力中央研究所入所 人的過誤事象分析、安全文化診断、安全文化醸成方策、企業変革支援などに従事
1995年 マンチェスター大学 Visiting Research fellow
2003年 早稲田大学非常勤講師
2007年 慶應義塾大学先導研究センター教授
2008年~ 現職
■著書
『信頼性ハンドブック』『ヒューマンインタフェース』『組織事故』『保守事故』『産業安全保健ハンドブック』『安全の百科事典』『事故・災害事例とその対策』『人間工学の百科事典』
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