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アメリカ的CX思考 Scope, Touch & Feel -「CX向上セミナー」 CX最前線アメリカから現地報告(3)

今回はCXに取り組む場合、手始めにどこから着手したらよいか、またそうした取り組みをする上で忘れてはいけないポイントはなにかを説明したい。

ダメなCXは、ダメな製品より悪い。
Bad CX is worse than a bad product.

第1回から提示しているこの標語は、プロダクトではなく体験のほうが大事だということを逆説的に表しているが、今回も頭の片隅に置いておいて欲しい。同じく第1回ではカスタマージャーニーについて、一直線ではなく、一様でもないという説明と併せ、自分たちの理想のカスタマージャーニーをデザインし、コントロールしていく意識が大事だということもお伝えした。また、第2回では、実践的なKPIはどう設計し、いかに事業成果につなげるのかという方法論を説明した。

その上で、今回は前半で“Scope”、すなわち着手の領域・範囲について述べる。そして後半では“Touch & Feel”として、CXの文脈において、いわゆる従来の業務改善と何が異なるのか、活動のフィロソフィーとなる大事な要素とは何かについて触れる。

1.Scope

■ Onboarding
日本語の「新人研修」に相当するOnboardingは、ソフトウェア導入時などでもうお馴染みの言葉ではあるが、どのようなビジネス形態においても大事な観点であり、最初に顧客を「ユーザー(自社の商品・サービスに精通した、半ば同士のような存在)」に昇華させていく、というジャーニーになる。
全米でAT&TやVerizon、T-mobileなどに次ぐ規模の通信会社であるLumen Technologiesは、単なる通信ケーブルやデータセンターを提供する会社から、顧客課題を解決するソリューション提供をする会社に変貌しようとしている。同社のGlobal Customer Successの責任者であるLaurinda Pang氏は「CXはサッカーのようなもので、ボールをお客さまとすると、絶対にお客さま1人だけでゴールに向かわせてはダメで、会社一丸、チームとなってゴールまで大事に届けてあげる必要がある」と分かりやすく例えている。ここで選手ひとりひとりを部署やタッチポイントと考え、ゴールである顧客の成功までの道のりをカスタマージャーニーとすれば、非常にイメージしやすい。

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例えば、何かのサービスの申し込みを受け付けた後に、契約・審査のための膨大な書類提出が必要となり、場合によっては申請が却下される、といったフローでは、とても顧客本位とは言い難い。それならば、申し込み受付時に種々の案内や必要事項をきちんと、そして分かりやすく説明し、その時点で書類を提出してもらったほうが全体のフローが効率的なばかりでなく、顧客側も後から無用なフラストレーションを抱く可能性が低い。

「トラブルを未然に防ぐ」ため、早い段階から顧客を自社のサービス提供の流れに乗せる仕掛け、「ユーザー」にしていくためのプロセスがOnboardingである。

 

■Customer Access

Customer Accessはカスタマージャーニー上における各タッチポイントやシーンで発生する様々な状況、体験、感情を、いかに適切なチャネルを設け、上手く拾えるようにするかという観点で設計することがポイントになる。
北米で1000店舗以上を展開している家電量販店のBest Buyは、2010年頃から業績が悪化し、辛らつな表現としては「もう死にゆく会社だ」とささやかれていた。当時は俗に言うAmazon effectで、店舗型小売業が同社に限らず大打撃を被っていた。だが、12年に新CEOを迎えたBest Buyは、「自分たちはモノを売る会社ではなく、体験を提供する会社なんだ」と一念発起、改革をどんどん実行し、復活劇を果たす。
Best Buyは電化製品の購買、そして使用の先まで、カスタマージャーニー全体に渡って顧客の声を収集する仕組みを散りばめている。昨今、店舗に電化製品を買いに来る人は何も下調べせず来ることなどなく、事前に色々なウェブサイトなどを入念にチェックしてから来店する。この事前探索の過程は顧客にとってカスタマージャーニーの玄関口であり、最も長い時間を費やしていると言っても過言ではない。そこでの情報の質が極めて重要であると重々認識している同社は、ここに特徴的な仕組みを採り入れている。
Best BuyのECサイトには商品購入者によるレビュー機能の他に、Tech Insider Networkという、商品を無償で提供する代わりに、きちんとその商品のレビューをしてもらう仕組みがある。ちなみにこのレビューを行うTech Insiderになるには厳しい審査があるそうだ。そんなTech Insider達のレビューは一般的なレビューと違い、自身の詳細な使用環境と試用結果を詳細に記述した上で、具体的な良い点・悪い点、何が上手く機能せず、どこが好ましく、どこが気に入らなかったか、などを事細かく整理し、時には感情を前面に出して説明する。これは商品を吟味している人にとっては生々しい価値ある情報となる。
また、サイトにはExpert Reviewという専門誌に載った商品比較の記事を一覧で掲載するコーナーもある。わざわざ顧客があちこちネットサーフィンしなくとも、同社のサイトだけで完結する。このような一見すると直接的な売り上げにつながらない可能性もある取り組みをなぜ行っているのか?それは同社のスタンスがモノを売ることではなく、体験を提供することを重視しているからに他ならない。

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しかし、同社の真骨頂はやはり店舗などでの相談にある。例えば、何十種類と類似製品があって顧客が迷いそうな状況では、陳列している製品を順番に紹介するのでなく、まずは顧客がその製品でどんな生活を送りたいかをヒアリングし、それを踏まえて製品の仕様や特徴を整理し、説明・レコメンドする。店員自身の体験談や自分が聞いた話なども交える。また、時には、要求仕様から少し外れた製品を紹介する場合もある。それは顧客にとって想定外ではあるが、説明を一方的に聞くだけの退屈な時間を、楽しいおしゃべりの時間に変えてくれるように感じられることだろう。こうした相談は来店しなくても、オンラインでのビデオ通話やチャット、電話、あるいは自宅訪問まで対応している。相談だけでなく、購入製品のセットアップや不具合があったときの修理、ちょっとした使い方のハックまで教えてくれることもある。
このようにBest Buyはコールセンターやお客様アンケートのみで色々な声を全て拾おうとするのでなく、様々な接点やシーンごとに、それぞれの場面に応じた形態で、顧客との対話を通じ、そこかしこから顧客の困りごとや体験談を吸い上げている。いかに顧客の声をカスタマージャーニーに沿って拾っていけるかが重要なのである。

 

■Customer Success

Customer Successはその言葉の通り、顧客の成功のために自分たちは何をどこまでできるか考え、顧客の成功に向けてどのように一緒に歩めるか、という観点で設計する。
建設機械を製造・販売するCaterpillar社はグローバルで約16%とトップシェアを誇る。同社は鉱山向けに、重機だけでなく、至るところで用いられているホースを修繕し、あるいは新しく作製できるOn-site Mobile Hose Shopsというコンテナ型のソリューションを提供している。ホースは消耗品なので破損するのは仕方ないが、現場で全ての長さ・アタッチメントに対応する予備をストックしておくことは不可能だし、破損後すぐに発注しても、品物が届くまでの時間はオペレーションが停止し、巨額の損失となる。同社はそこに目を付け、鉱山事業を営む顧客の成功をいかにサポートできるかを考え、このいわばコンテナ型ホース工場を提供するに至った。ところが、同社はさらにこのソリューションを進化させた。実は、ホースの修理や作製はそれなりの熟練者でないと難しく、コンテナ工場があっても現場での対応はそう簡単ではなかった。そこで同社は現場の労働者がホースの修理や作製をできるようにするため、ワークショップ形式の研修サービスをコンテナ工場と併せて提供した。重機やホースといったモノを売ることに留まらず、顧客の事業を成功させるため、何をどこまでしてあげられるかを考え、提供価値の幅を広げた分かりやすい例といえる。

 

2.Touch & Feel

■Quantify

Quantifyとは体験を定量化するということだが、体験をどう測るかについては、第2回で説明したKPI設計と同様で、CXにおいてもデータを起点に、進捗や成果を測定できることが肝要だ。例えば、ある問題が発生した際、なんとなくで対応したり、あるいは黙殺したりしてしまうのではなく、その対応コストと、仮に対応しなかった場合の顧客の離反(売り上げ低下)リスクを定量的に分析した上でどう対応するか判断すべきである。
リスクを定量化(失う顧客の数や売上金額などに換算)することで、その対応の有無、あるいは方法について検討を適切に進められる。また、何よりも、対応する際の意義や優先度などの説明を、納得感を持って浸透させやすい。定量化をドライ、冷徹などと捉らえる向きもあろうが、ここはそうではなく、むしろフェア・公平で、変な忖度や先入観なく、判断できるモノサシを設けた、という認識に立つべきだ

 

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Failure

Failureは失敗を許容できる組織であるかどうか、必要なのは失敗を拒むのではなく、“取り扱う”という意識・企業文化だと言うことである。これをおそらく一番的確に表しているのが、Amazon CEOのJeff Bezos氏が2018年、株主に向けて送った手紙の中の一節だ。

 

「失敗もスケールすることが必要だ」 

 

ここでは会社が成長して大きくなるほど、失敗の規模も大きくなる必要があると訴えている。失敗を許容することに関して日本では、国産ワインやウイスキーの製造に挑んだサントリー創業者、鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」精神が有名であるが、実際には多くの日本企業は苦手ではないだろうか。失敗をうまく取り扱えるようになるには、失敗をしてもよい、と繰り返し現場に伝えること、失敗したときや上手くいかなかったときに、誰かのせいにするのではなく、仕組みとして何がいけなかったのか、次にどうするかを考えて、また挑戦していくということを、いかにマネージャーと現場で実践できるかにかかっていると感じる。
先のQuantifyもそうだが、失敗をハンドリングするには、定量的に評価する必要がある。よく分からないまま、なんとなく不安だから挑戦しないのではなく、失敗も想定したテストという位置付けで推進していくことが、ひいては顧客の価値につながるのではないだろうか。また、第1回で紹介した生鮮食料品のデリバリーにおける配達の誤りも、作業フローを俯瞰して、「担当者が悪い」という発想ではなく、「仕組みが悪い」という発想に立ち、どのように変えたらよりよくなるのか考え直すことが本質的である、ということを教えてくれている。
失敗の裏側には挑戦があり、その際の試行錯誤をいかに現場で回し、マネジメントしていけるかがポイントとなる。

 

Human

Humanという要素で大事なことは、先のQuantifyでの数字やロジックの重要性を踏まえつつ、その上で、我々が対峙する顧客は人間であり、人間的な対応を忘れてはならない、という点である。
Best Buyでその事を分かりやすく体現した事例を紹介する。ある日、3歳の男児のお気に入りの恐竜の玩具が壊れてしまい、母親は同じ玩具をBest Buyで新しく購入し、それを店頭に受け取りに行った。しかし、男児は新しい玩具との交換を望んでいたわけではなかった。実は、壊れた玩具には愛着があり、治して欲しいと願っていたのだ。それを察したBest Buyの店頭スタッフはその場で機転を利かせ、男児から壊れた玩具を受け取るとあたかも医者のように振る舞い、男児が見えないカウンターの裏で手術しているかのような芝居を演じ、新しい玩具に差し替えて男児に渡した。すると、男児はもう幸せいっぱいで、満面の笑顔となった。母親がSNSに投稿したその様子はニュースメディアも取り上げるほどの反響となった。
ちょっとしたことだが、その場その場で状況に即応できるかどうか、顧客が真に何を求めているかに気付いて行動に移すこと、これがHumanという要素において重要となる。このBest Buyの事例でいえば、普段のオペレーションからすると、真逆のことをやっているとも言える。注文を受けた商品をスピーディーに渡すのではなく、一芝居打って、時間をかけて渡しているからだ。さらに店員は新しい商品を、勝手に袋を開けて渡している。通常時に同じことをしたら問題になるが、このケースのように人間的な機微に対応できる臨機応変さこそが、AIなどの機械による自動化や、効率性・利便性ばかりを念頭に置いて作成した、モノを売ることだけに特化したフローでは実現できないところといえる。
こうした人間的な対応は同じ人間であっても、いきなり出来るとは限らない。どのような体験を提供できると相手は喜ぶのか、相手はどんなことを望んでいるのか。それをメンバーが常に考えて実行できる組織でなければこうした対応は実現しないが、そのためには一朝一夕にはいかない組織風土の醸成も必要になってくる。数字や論理の先に人間がいることを忘れずに、人間味をもって対応することで、CXの取り組みは深みが増す。

3.まとめ

今回はCXのエッセンスを“Scope”と“Touch & Feel”という2つの切り口で、計6点に整理した。
“Scope”はトラブルを未然に防ぎ、早い段階から顧客をユーザーにしていくためのOnboarding、カスタマージャーニーに沿って様々な接点・シーンで顧客の声を拾っていく仕掛けとしてのCustomer Access、そして顧客の成功のため、何をどこまでできるかを考えて対応するCustomer Successの3点。“Touch & Feel”は体験を定量化して進捗や成果を測定するQuantify、組織として失敗を許容し、適切にマネジメントできるか意識・文化が問われるFailure、そして対する相手が人間であることを忘れず、人間味をもって対応するHumanの3点である。

 

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これまで3回に渡って、CXの捉え方や取り組む方法について説明してきた。本シリーズが貴社の事業にCX視点を埋め込み、推進していく上での一助となれば幸いである

 

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