企業分析の成否を分ける「業種分類」の考え方と実践的アプローチ|前編:業種の基本と「揺れ」について
アンケート調査や顧客リストで使われる「業種」の選択肢。多くのビジネスパーソンが、当たり前のものとして何気なく利用しているのではないでしょうか。しかし、その設計次第で、分析から得られるインサイトの質は大きく変わります。そして現代のビジネス環境は従来の業種分類では捉えきれないほど複雑化しています。
本稿(前編)では、奥深い「業種分類」の世界を解説します。全ての基本となる公的な分類から、なぜ実社会では多様な分類が存在し、“分類しにくい”企業が増えているのか、その背景を紐解きます。
日本における業種分類の基本、「日本標準産業分類」
日本標準産業分類とは、総務省が定める統計基準であり、統計調査の結果を産業別に表示する場合の統計基準として利用されるものです。
少し硬い表現ですが、簡単に言えば、日本のすべての事業所を一定のルールに則って分類するための「共通言語」と言えます。国勢調査をはじめとする公的統計の正確性を保ち、国際的な比較を可能にするという重要な役割を担っています。
この分類に馴染みがなくても、多くの方が「第一次産業」「第二次産業」「第三次産業」という言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか。これは日本標準産業分類の大きな括りの一つです。
第一次産業 : 農業、林業、漁業など
第二次産業 : 鉱業、建設業、製造業など
第三次産業 : 卸売業、小売業、金融・保険業、不動産業、サービス業など
日本標準産業分類は、この大きな括りをベースとした階層構造で成り立っています。
現在使われている最新版では、まず全ての産業が20の「大分類」に分かれており、さらに「中分類」「小分類」「細分類」へと枝分かれしています。基本構造は1949年の制定以来変わっていませんが、事業構造の変化に合わせて14回の改定を重ねています。
複数の業種分類からみる業種の「揺れ」
「日本標準産業分類」は、あくまで公的統計を作成するための基準です。実際のビジネスシーン、例えば投資家向けの市場分析や、各社が保有する企業のデータベースなどでは、それぞれの目的に応じてカスタマイズされた独自の業種分類が用いられています。
下の図は、縦軸に東京証券取引所(以下、東証)の「33業種分類」、横軸に日本経済新聞社(以下、日経)の紙面用業種をとり、企業数をプロットしたものです。
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「食料品」や「建設業」のように、双方で概ね一致する分類がある一方、見方によって解釈が割れる業種も少なくありません。
その一例が「卸売業」です。東証分類で「卸売業」とされる企業は、日経の分類では「商社」だけでなく、「食品・アグリビジネス(例:横浜魚類)」、「素材・エネルギー(例:ミツウロコグループホールディングス)」など多岐に分散しています。
これは「卸売業」といっても、総合商社のような企業から、食品や医薬品、化学品などを専門的に扱う「専門商社」まで、その事業内容が大きく異なるためです。何を卸しているかという専門性を重視するか、取引形態を重視するかという視点の違いによって、業種の分類が変わってくる例といえるでしょう。
同じ企業でも、誰がどんな目的で見るかによって「所属」は変わりうるのです。
業種分類はなぜ難しいのか
では、なぜ業種分類はこれほど難しいのでしょうか。主な要因として3点が考えられます。
企業の規模が大きければ大きいほど、様々な事業を展開しているのが普通です。そのため、そもそも1つの企業に1つの業種を付けること自体が難しいケースがあります(これを解決するために、1社に複数の業種を付与するという考え方もありますが、分析の観点からいうと扱いづらい・分かりづらいといったリスクがあります)。
また、企業の姿は常に変化し続けています。M&Aや事業転換により創業時の業態とは全く異なる事業が収益の柱となっている企業も珍しくありませんが、一度付けた業種は変更するタイミングが難しい場合もあります。
例えば日清紡ホールディングスは元々紡績の会社ですが、現在はエレクトロニクスと自動車部品を主な事業としています。
時系列で分析を行う場合、途中で業種を変更するとデータに断層が生まれ、比較可能性が損なわれるという問題もあります。特に業種を代表する大手企業の業種変更などは、安易には実施できないのが実情です。
現行の業種分類の多くは、製造業が経済の中心だった時代に骨格が作られたため、製造業の分類は細かく、非製造業(特に情報通信やサービス業)は比較的大きな括りになっているのが一般的です。
しかし近年設立されている新しい企業は非製造業が多く、かつて「情報・通信業」「サービス業」と一括りにされていたビジネスが、IT、コンサルティング、SaaS、人材サービスなど多様化しているのは皆さんご存じの通りで、業種分類がこの時代の変化に十分に対応しきれていないという現実があります。
先に述べてきた通り、多くの業種分類はまず第一次~第三次産業、または製造・非製造で大きく分けた後に枝分かれしていく構造で作られているのですが、近年はハードウェアとシステム運用を一体で提供するSIerや、モノの販売と併せてコンサルティングや保守サービスを提供する製造業など、「モノ作り」と「サービス提供」の垣根が曖昧になってきているため、枝分かれの構造とうまく合わない企業が出てきていると考えられます。
例えば日本電気(NEC)や富士通は、東証分類では「電気機器」ですが、日経の分類では「情報・通信」となっています。
このように、公的な基準を基本としながらも、ビジネスの実態は多様化・複雑化し、画一的な業種分類では捉えきれない企業が増えています。調査や分析の現場では、この現実と向き合わなければなりません。
では、このような複雑な状況の中で、私たちは本当に「使える」業種分類をどのように設計していけばよいのでしょうか。(後編へ続く)
めまぐるしく変化する経済環境の中、競合他社や協業先の動きを素早く把握することが、精度の高いマーケティングや営業戦略を行う上でのカギとなります。
日経リサーチでは、ビジネスの羅針盤となる企業情報データベースに関する様々な知見を有しています。企業情報のタイムリーな収集・活用に関して課題を感じている方はぜひお問い合わせください。
この記事を書いた人
- デジタルキュレーション本部 DC第3部 部長
- 堀江 晶子
日本経済新聞社の媒体に掲載される財務情報を担う部門を統括する。スマートワーク経営調査などの企業評価調査の他、採用計画調査、賃金動向・ボーナス調査など人事・労務系調査や、アナリストランキング、銀行ランキングなど金融系調査をこれまでに担当。
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