企業分析の成否を分ける「業種分類」の考え方と実践的アプローチ|後編:明日から使える!調査・分析の精度を上げる「業種分類」の考え方
前編では、業種分類の基本から、東証と日経の分類比較を通じて明らかになった現代ビジネスにおける分類の難しさについて解説しました。
本稿(後編)では、これらの課題を踏まえ、調査や分析で失敗しないための、実践的な業種分類の設計思想を「3つの視点」から具体的にご紹介します。
視点①:分析の「軸」に合っているか
最も重要なのは、その業種分類が「何を知りたいのか」という分析目的に合致しているか、という点です。分類すること自体が目的になってはいけません。
より具体的に考えてみましょう。例えば、企業の「研究開発投資」の動向を分析したいとします。公的な分類(日本標準産業分類)では、「医薬品製造業」は「化学工業」という大分類の一部として扱われます。しかし、新薬開発に莫大な先行投資を必要とする医薬品ビジネスと、機能性素材や汎用的な化学品を扱うビジネスとでは、研究開発費の性質や売上高に占める比率が全く異なります。
この2つを同じ「化学工業」として合算・平均して分析してしまうと、それぞれの業界の実態からかけ離れた、誤った示唆を導き出しかねません。この場合、分析の目的に合わせ、「医薬品」を独立した分類として切り出した上で業種間比較する必要があります。
このように、既存の分類を鵜呑みにせず、分析の軸に立ち返ることが重要です。他にも、「製造業と非製造業のDX化の進展度合いを比較したい」のであれば、境界の曖昧な企業をどちらに含めるか明確なルールが必要ですし、「BtoB企業とBtoC企業のマーケティング手法の違い」を知りたいなら、一般的な業種分類ではなく、事業モデルを軸にした分類を用いた方が示唆を得やすいでしょう。
まずは「どんな仮説を検証したいのか」「何を比較したいのか」を自問することが、全ての出発点となります。
視点②:分析に足る「数」を確保できるか
特にアンケート調査では、各分類に含まれる企業数が、意味のある分析を行えるだけのボリュームになっているかが重要です。どんなに論理的に美しい分類を作っても、各カテゴリの回答社数が数件では、その結果は単なる個別の意見に過ぎず、「傾向」として語ることはできません。極端に社数が少なくなる分類は、「その他」への集約や、より大きな括りへの統合といった実務的な判断が求められます。
前編の図を改めて見ると、日本標準産業分類に近い東証の【33業種区分】では「水産・農林業」の上場企業数が極めて少なく、単独での分析は困難です。そこで、より大括りな【17業種区分】では、事業内容が近い「食料品」と統合し、分析に足るサンプルサイズを確保していることが分かります。
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また「その他製品」という区分も扱いの難しい業種です。分類しづらい企業は「その他」で括ってしまいがちですが、この区分は多様な企業の集合体であるため、業種別の分析対象からは外れがちです。対照的に、日経の分類では「その他」を設けず、事業内容から最も近いカテゴリに割り振る方針をとっていることが見て取れます。
ある程度のボリュームを確保することが重要である一方、「情報・通信業」や「サービス業」は所属社数が多すぎることが気になる方もいるかもしれません。これらの業種は前編でも見てきた通り、元の業種分類がざっくりしすぎているために、かなり性質の異なる企業が同じ業種に分類されてしまっているともいえます。分析内容によっては、もう少し実態に合わせて細分化を検討したいところです。
視点③:他のデータと「結合」できるか
最後に、少し発展的な視点として、将来的に他のデータと組み合わせて分析する可能性も考慮しておくと、データ活用の幅が大きく広がります。
例えば、自社で実施した調査結果と外部のデータ(信用調査など)を結合したい場合、双方の業種分類の定義が全く異なると正確な分析は困難です。あらかじめ日本標準産業分類のコードを併記しておくなど、外部データとの「互換性」を意識した設計も、今後は求められていくと思われます。
業種分類に、唯一絶対の正解はありません。重要なのは、「目的適合性」「統計的妥当性」「データ連携性」といった戦略的な視点を持ち、分析対象と向き合うことです。そして必要であれば、既存の分類を疑い、自ら最適な「ものさし」を作り替える姿勢が求められます。
本稿が、データからより深いインサイトを引き出すため、普段なにげなく使っている業種区分を見直す一助となれば幸いです。
めまぐるしく変化する経済環境の中、競合他社や協業先の動きを素早く把握することが、精度の高いマーケティングや営業戦略を行う上でのカギとなります。
日経リサーチでは、ビジネスの羅針盤となる企業情報データベースに関する様々な知見を有しています。企業情報のタイムリーな収集・活用に関して課題を感じている方はぜひお問い合わせください。
この記事を書いた人
- デジタルキュレーション本部 DC第3部 部長
- 堀江 晶子
日本経済新聞社の媒体に掲載される財務情報を担う部門を統括する。スマートワーク経営調査などの企業評価調査の他、採用計画調査、賃金動向・ボーナス調査など人事・労務系調査や、アナリストランキング、銀行ランキングなど金融系調査をこれまでに担当。
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