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4月解禁のデジタル給与「利用したい」14%どまり -アーリーアダプター層が期待することは

 元日経ヴェリタス編集長 橋本隆祐

 

 「私の娘たちはおそらく生涯、銀行に行くことはないだろう」。著名投資家のジム・ロジャーズ氏がメディアのインタビュー(注)でこう述べたのは、彼の二人の娘がまだ幼かった2019年初めだった。それから4年あまり、銀行離れやキャッシュレス化は一段と進んだが、日本では現金のない世界が到来することに戸惑いを感じる人が、なお多いようだ。

 2023年4月解禁の給与のデジタル払いについて日経電子版などの読者を対象に実施した調査によると、銀行口座を介さず、スマートフォンの決済アプリや電子マネーを利用して給与を受け取る同制度について、「知っている」と答えた人は全体の87%だった。一方、自身が受け取る給与でこの制度を「利用したい」と答えたのは14%にとどまった。

 認知度の高さは関心の高まりを裏付けるが、給与という生活の糧をデジタル払いで受け取ることには多くの人が慎重姿勢を示した。一方で利便性やポイント加算などへの期待感は強く、きっかけ次第で状況が大きく変わる可能性もありそうだ。

調査は日経リサーチが2023年3月6~9日、日経電子版などの利用に必要な「日経ID」の所有者で会社などに勤務している人を対象にオンラインで実施し、1219人から回答を得た。結果を読み解いていくと、日本におけるキャッシュレス化の現状や課題が浮かび上がってくる。

 

(注)『まるわかり!アジアの株式投資』(日本経済新聞出版社、2019年)

概要|調査結果から見えたこと

給与デジタル払いは幅広い世代で認知されている

「給与デジタル払い」の認知は87%で、年齢別でも大きな差は見られなかった。

利用意向は年齢別によって分かれる

若年層で「利用したい」が比較的多く、20代以下では20%、30代で19%と抵抗感は弱い。それに対して、50代、60代以上の利用意向は1割強にとどまる。

ネックになるのは、セキュリティ面の不安、利便性への疑問、資金管理の難しさ

給与デジタル払いに否定的な意見としては、セキュリティ面での不安、利便性やメリットへの疑問、資金管理の難しさの3つが挙がった。

アーリーアダプター層が期待するのは、利便性と付加価値

給与デジタル払いを「使いたい」人は、キャッシュレス決済の利便性のほか、ポイント還元などのサービスに期待を示した。

 

調査概要

「キャッシュレス決済とお金に関するアンケート」 

 
実施日: 2023年3月6日~3月9日
対象者: お勤めの方
回答者数: 1219人
調査手法: 日経IDリサーチサービスに登録、上記条件に合致した方を対象にしたインターネット調査

 

1.給与デジタル払いは認知されているのか

給与デジタル1

 

  給与デジタル払いの制度を聞いたところ、「詳しく知っている」が8%、「知っている」が41%、「詳細はわからないがなんとなく知っている」が38%だった。この合計が87%で、残りの13%は「知らない」と答えた。
 年代別で認知度に大きな違いは見られなかった。「知っている」の合計が最も多かったのは30代の89%だが、他の年代も85%以上が認知していた。メディアで報道されてきたこともあり、給与デジタル支払い自体は幅広い世代で認知されているようだ。

 

2.給与デジタル払いの利用意向はどうか

給与デジタル2

 

自身が受け取る給与で、デジタル給与を利用したいかについては、「とても利用したい」は3%と、ごく少数にとどまった。「まあ利用したい」は11%で、これらの合計は14%だった。「利用したくない」「あまり利用したくない」の合計は75%、残りは「わからない」だった。

 

 

給与デジタル3

 

 給与デジタル払いの利用については、年齢層で差が見られる。若年層で「利用したい」が比較的多く、20代以下では20%、30代で19%だった。一方、50代、60代以上では1割程度にとどまった。予想された通り、キャッシュレス決済に慣れている人が多いとみられる若い世代で、給与デジタル払いへの抵抗感がより少ない結果となった。

 

3.給与デジタル払いに否定的な声は -現金はやはり必要?

 今回の調査では多様な自由回答が数多く寄せられた。まず給与デジタル払いの利用に否定的なコメントから見てみよう。

 

図4-1

 上記の図は給与デジタル払いについて「利用したくない」と答えた人のコメントを分析したものである。頻繁に使われた語句ほど文字が大きくなり、そのなかでも頻出度が高い上位10%以内は赤色、上位10%超~20%以内はオレンジ色で示されている。

 多くの回答者が銀行口座や現金の使い勝手と比較しながら、給与デジタル払いを利用する際の利便性や安全性について言及していることがうかがえる。そのなかで目を引くのは「不安」「セキュリティ」「不便」「メリット」「管理」といった語句である。

給与デジタル払いに対する否定的なコメントは大きく3つに分けられる。①セキュリティ面での不安、②利便性やメリットへの疑問、③資金管理の難しさ―である。

 圧倒的に多かったのが、①セキュリティ面での不安を指摘するコメントだ。「信頼性が確認されていない」(60代以上男性)、「なんとなく怖いというイメージがある」(50代女性)、「デジタルへの不信感がある」(60代以上女性)といった、給与デジタル払いの制度全般に対する漠然とした不安、警戒感を示す声が数多く見られた。こうした声は50代、60代以上の高年齢層で目立つが、若い年齢層でも散見された。

 特にこれまで慣れ親しんだ銀行の口座を介さないことで生じるリスクへの不安は根強いようだ。「銀行以外の金融機関をあまり信用していない」(20代以下男性)、「ペイオフに対応していない」(20代以下男性)、「銀行と比べるとキャッシュレス決済会社の信頼性に欠ける」(50代男性)、「デジタル通貨の運営会社の倒産などの不安がある」(60代以上男性)といったコメントを見ると、日本では銀行離れがそう簡単ではないことがわかる。

 非常時への対応、思わぬ事態が発生することへの懸念も大きい。「データ上から消失しないか不安」(30代女性)、「データが飛んだ場合のリスク」(30代男性)、「スマホ紛失時に危険である」(60代以上男性)、「停電時に使用できない」(40代男性)、「システムが不安定」(60代以上男性)といった声が幅広い世代から出ている。マネーが流出しなくても、情報漏れなどのリスクを心配する指摘も見られた。

 次に②の利便性の問題である。様々な不安があっても、それを超えるメリットがあれば、給与デジタル払いを利用したいという人がもっと増えるはずである。ところが、こうした肝心の利便性の面でも疑問を感じる人が多いようだ。「まだ現金が必要な場面が多い」(60代以上男性)、「まだそこまで浸透しておらず利便性が低い」(50代男性)、「現金の利用も多いため」(40代女性)といった声が目立った。

 日本ではキャッシュレス化が社会の隅々にまで行きわたっているわけではなく、現金払いを求められることも多いのが現状である。鶏が先か卵が先か、という議論になるが、デジタルマネーが思うように使えないという状況のなかで、給与だけが先行するのは確かに抵抗があるだろう。特に「医療機関はデジタルマネーがほとんど使えない」(30代女性)といった、病院等でいざという時に使えないことを懸念するコメントが複数あった。

 最後に③の管理面の問題。これは意外に大きいようだ。「現預金の方が管理しやすい」(30代男性)、「お金の管理をしている感覚がなくなりそう」(40代男性)、「お金の管理(貯金や生活費等の分類)が曖昧になりそう」(20代以下女性)といった声が多かった。

 不安や疑問の中には誤解や思い込みに基づいたものもある。銀行でも破たんのリスクはあるし、システムに支障をきたしたことも過去にはあった。いずれにせよ、給与デジタル払いの普及には、緊急時の対応を含めた確固としたインフラを整備していくとともに、不安を解消するためにわかりやすい情報提供が不可欠であろう。

 もっとも「使いたくない」と答えた人も完全に拒絶というわけではないようだ。「仕組みとして定着するまでは様子を見たい」(50代男性)、「広く使われるようになったら再考する」(60代以上男性)というコメントも多く見られた。

4.「使いたい」人の声は -アーリーアダプター層が期待すること

 

給与デジタル4-1

 

 給与デジタル払いを使いたいという人には、どんな期待があるのだろうか。
 今回の調査の回答者である「日経ID会員」は、アーリーアダプター層が多いことが特長である。別で実施した調査では、「新しい商品やサービスを購入・利用しはじめるのが、周りと比べて早いと思う」と4割程度が自認しており、日経ID非会員のビジネスパーソンと比べても顕著である。まだ一般的には利用意向が低い給与デジタル払いだが、アーリーアダプター層はどう受け止めているのか、利用促進のヒントを探ってみよう。

 以下の2つの図は「とても利用したい」(左)、「まあ利用したい」(右)という人の自由回答コメントを分析したものである。

 

図6-1

 

 すぐに目に留まるのは「便利」という言葉であろう。実際の自由回答でも「便利そうだから」(30代女性など多数)、「現金より便利」(40代、男性)などといった利便性を端的に示すコメントが比較的若い世代で目立った。

 「もう全てキャッシュレス・オンライン化したいから」(40代女性)、「日常のほとんどをキャッシュレス決済で対応しているため」(30代男性)といったコメントを読むと、現金を伴わない決済が日常生活で定着している様子がうかがえる。

 キャッシュレスの利便性だけでなく、ポイント付加などプラスアルファの価値に期待する人も多い。「ポイント還元等のメリットがあるなら、ぜひ利用したい」(30代女性)、「付加のサービスが付く可能性がある」(50代女性)、「ポイントが貯まるから」(50代男性)「サービスの優遇を受けられそう」(20代以下男性)などである。給与デジタル払いを本格的に浸透させていく段階では、ポイントなどの手厚いサービスも必要になるかもしれない。

 給与デジタル払いを利用したいという人たちは、銀行口座に頼らない姿勢も明確だ。「銀行を介する必要性を感じない」(40代男性)、「紙の明細は必要ないし、銀行口座でなくてもいい」(40代女性)といったコメントが見られた。銀行の手数料に対する不満の声もあった。

5.考察・まとめ

 

 現状、アーリーアダプター層においても、給与デジタル払いを受け入れていく覚悟を示す声は全体としてみると少数だが、変化の動きは着実に大きくなっているようにも思える。


 人生に欠かせないお金がデジタルに姿を変え、生活に深く浸透していく。そうした過程では様々な軋轢、戸惑いがあるのはむしろ自然だろう。とはいえキャッシュレス化は世界の潮流である。振り返ってみれば、2023年4月の給与デジタル払いの解禁がキャッシュレス時代の節目だったということになるかもしれない。変化への備えが欠かせない。

 

 

 


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