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コンプライアンスの進め方 〜健全な組織風土を目指して

はじめに

最近、日本を代表する企業による不正が立て続けに発覚しています。それも長期にわたって行われてきた不正です。こうした問題が最近になって明らかになっているのには、社会のコンプライアンス意識の高まりや、不正に反対し個人が声をあげる手段が増えた、といった要因があるかもしれません。それにしても、日本企業が世界に誇る高品質・短納期、きめ細やかな対応、仕事に深くコミットしたビジネスマン・・・こうしたものが実は、無理をかさねた結果得られたものだったのだとしたら、この際、コンプライアンス問題として噴き出してきたものに正面から向き合うことが、企業の真の持続的成長につながるのではないかと思います。

内部統制の限界

ところで言うまでもありませんが、企業には一応、監査法人がお墨付きを与えた内部統制の仕組みが存在します。意図的な不正行為や重大なミスが見逃されないようにするためのものです。それにもかかわらず不正も違反も発生しています。制度面で100パーセントのコンプライアンスを担保するのは難しいのです。制度運用者である「人」の判断に委ねなければならない部分がどうしても残るからです。

社員を啓発、通報制度で牽制

そこで現在多くの企業では、法令や企業内ルール、企業理念に関する社員教育を行って、社員個人を啓発することに力を入れるようになっています。また、社内・社外通報制度の整備を進める企業も増えています。社内通報制度には、問題を把握するチャンネルとしてだけでなく、実は、不正や違反をしようとする人に対する強力な牽制効果があります。日経リサーチのコンプライアンス調査※1によると、何かあれば社員が社内通報制度を利用できる環境にある(制度があるだけでなく、理解を促し浸透させている)組織の方が、そうでない場合よりも、コンプライアンスが良好に保たれている、という結果が得られています。さらに、経営トップがコンプライアンスを重視する姿勢を強く打ち出せば、社内通報制度への信頼は堅固なものになり、コンプライアンス違反を抑制する効果が高まることもわかっています。

 

図表1

 

図表2

 

ここでひとつ、興味深い心理学の研究を紹介しましょう。ミルグラム実験※2と呼ばれているものですが、その実験が明らかにしたのは、人は権威主義・上下関係・役割規範というものに弱く、権威からの強い命令があれば、それが自分自身のもつ善悪の分別、道徳観や倫理感に反していたとしても、与えられた役割を遂行してしまう弱い存在であるという事実です。

このことからも、研修による社員の啓発に加えて、経営トップの意思表示、組織のヒエラルキーに縛られない通報制度による牽制、をセットにして実施することが有効であるとわかります。

上司に相談できるか?は健全性のバロメーター

さて、会社のコンプライアンス重視の方針が周知されたとして、それでもなお、不正や違反の芽を完全に摘みとれるかはわかりません。顧客や業績達成をとるかコンプライアンスをとるか、といったようなジレンマを感じる場面もあるでしょう。大事なのは、ジレンマに直面したときや、コンプライアンス問題が実際に発生してしまったとき、問題が小さいうちに社内できちんと議論され、対策がうたれることです。それこそが、問題への耐性がある健全な組織と言えます。そして、この職場の健全性のバロメーターが「問題があったときに誰に相談するか」です。職場の上司に相談できる組織は、問題が職場にフィードバックされるタイミングが早く、その分、大事に至る前に解決できる可能性が高まると考えられるからです。

土壌としての職場内コミュニケーション

日経リサーチの調査を再度参照しますと、コンプライアンス問題に直面したときの主な相談先は、全体でみると、上司50.9%、同僚35.3%、社内の通報制度23.5%となっています。面白いのは、組織風土が良好な職場環境では、上司を相談相手に選ぶ人が多いが、その反対に、組織風土が良好でないと、上司に相談しない人が増え、誰にも相談しないか、家族や社外の友人知人に相談するか、それ以外の方法をとる、という結果が出ていることです。ここでいう良好な組織風土とは、簡単にいうと、上司と部下、職場の同僚同士でのコミュニケーションが活発で、議論する場や雰囲気がある組織風土です。

図表3

職場内コミュニケーションにおける管理職の役割

そして、このような職場内コミュニケーションの在り方に強い影響を与えているのが、上司の部下に対するマネジメント行動です。例えば、部下の時間管理をする、部下の将来を考えて職務配置をする、適正な業績目標を設定する、といった上司によるマネジメント行動が不足していると、部下は自分が職場から孤立していると感じます。孤立感が強い社員は、問題を感じてもそれを声にすることなく傍観する傾向が強くなります。例えば、日経リサーチの調査でも、孤立感をもっている可能性がより高い非正社員では、「誰にも相談しない」「家族や社外の友人知人に相談する」を選ぶ傾向が見られます。今日、日本の労働人口の約3分の1を占める非正社員ですが、今後は柔軟な勤務形態で働く社員が増えることを考えると、管理職のマネジメントスキルを高め、職場内コミュニケーションを活性化させていくことが喫緊の課題だと言えます。

図表4

組織の健康状態をモニタリングする

以上を簡単にまとめますと、会社のコンプライアンス重視の方針をトップダウンで周知するだけでなく、職場の管理職の部下マネジメントスキルを向上させ、職場内コミュニケーションを活性化させることが、コンプライアンスを進める上で重要であると言えます。現時点で不正や違反が見つからないとしても、「問題があったときに誰に相談するか」や、職場内コミュニケーションの状態、管理職のマネジメント行動は、コンプライス問題発生の先行指標となりますので、これらを常にモニタリングしておくことが肝要です。
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注1:日経リサーチ・コンプライアンス実態調査:2016年3月実施、インターネット調査、全国の従業員規模100人以上の民間企業の18-69歳勤務者 43,072人の分析結果
注2:アメリカの心理学者スタンレー・ミルグラム(Stanley Milgram)がホロコーストの心理メカニズムを分析する目的で始めた実験。実験結果から、「自分の自己判断(善悪観)」では通常できないような残酷で恐ろしい行為でも「権威者からの命令」と「集団内での役割」があればやってしまいやすいという危険性を示唆した。


森 範子
銀行シンクタンク、外資系コンサルティング会社、日系メーカーの人事部長を経て、現在、オフィス・グローバルナビゲーター代表。『内部統制における人事部の役割』労政時報2007年。

以上

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