MDS(多次元尺度構成法)
MDSは商品のポジショニング戦略などを目的として、「プロダクト・マップ」を作成するために利用する。多次元尺度構成法という名前であるが、結果としては2次元までを利用することが多い。3次元空間よりも2次元平面が見やすいためである。
たとえば、ペットボトルのお茶のブランドに関して、消費者がどのように認知しているかを市場調査でデータを集めて、以下のようなプロダクト・マップを作成する。調査では消費者に商品間の類似性あるいは非類似性を質問する。分析結果としてのマップでは、類似性の高い商品が近くに布置される。このようにして作成するマップを一般に、知覚マップという。地理的・幾何学的なマップではなく、消費者の認識データ(知覚)を可視化したマップという意味である。
どのような分析法かを理解するために「知覚マップ」ではなく、本当の「日本地図」を考えると分かりやすい。すなわち「MDSとは地点間の距離から、地図を作成する手法である」という理解である。日本地図があった時、そこから地点間の距離を測定するすることは容易だが、その逆は難しい。
以下は『理科年表』(国立天文台)から作成した県庁所在地の距離行列である。
このデータ(県庁間の距離行列)をMDSの入力データとする。分析結果として得られる1次元と2次元の座標を使ってマップを描くと、以下のような出力結果を得られる。
北海道から沖縄まで、ほぼ日本地図が再現して作成された。
<知覚マップを作成する手法>
マーケティングでは、MDSは知覚マップを作成する目的で利用されるが、知覚マップを作成する方法はMDSだけではない。多変量解析法のうち、一連の次元縮小法は知覚マップの作成に利用される。たとえば主成分分析(因子分析)、コレスポンデンス分析(対応分析、数量化3類)、判別分析などである。
実は、一連の次元縮小法は、ほとんど同じ解析法なのである。それは特異値分解、その特殊な場合の固有値分解である。つまり、
(1)相関行列の固有値分解 ==> 主成分分析(因子分析)
(2)頻度行列の特異値分解 ==> コレスポンデンス分析(数量化3類)
(3)分散比行列の固有値分解 ==> 判別分析
(4)距離行列の固有値分解 ==> MDS
というように、入力データが違うだけで、データの解析法は同じである。
マーケティング・サイエンス研究者の多くが、ポジショニング分析の解説においてMDSでマップを作成する事例を示しているが、実際の企業におけるマーケティング調査の分析では、MDSはあまり利用されていない。それはデータ収集方法に難点があるということと、得られる情報が少ないためである。
<MDSのために用意するデータ>
どのような入力データを用意するかの相違が、データ解析法の名前の違いである。MDSは距離行列を入力とするのであるが、実際に調査で距離行列データを作成することが容易ではない。多くの市場調査はMDSのためだけに企画されるわけではない。距離行列を得るには、以下のような方法が考えられるが、多くの商品・ブランドに関して調査するのは、回答者の負担が大きいのである。
(1)一対比較法。商品のペアを提示して、似ている程度を評点で回答してもらう。ペアは、n(n-1)/2 だけあるので、一般に20個くらいの商品を調査する場合を考えると、190ものペアを提示しなければならない。学術研究用にMDSだけの実験をするのなら可能だが、実際の市場調査に組み込むことはできない。
(2)商品のペアについて、似ている順番に数字を回答してもらう。
(3)ひとつの商品ごとに、その商品と似ている順に、他のすべての商品に順位を与えてもらう。
ほかにもアイデアはあるだろうが、最終的には距離行列(非類似度行列)を作成する。人間の知覚として商品・ブランドの類似性は感覚的なもので、精密な寸法は回答できない。おおよその順番くらいを回答してもらうことが期待できるレベルであろう。そこで、順序性を考慮したアルゴリズムも開発されている。できるだけシンプルに回答できる手順を開発することが重要である。
なんらの手段で回答者から商品間の類似性の回答を得られ、MDSでマップを作成したとしても、解釈の問題が残る。因子分析などのようにイメージ項目など別の質問がなく、直接に類似(非類似)の程度を質問しているだけなので、平面(座標)の意味を解釈する手がかりが間接的・主観的になる。因子負荷行列のような手掛かりとなる情報がないのが欠点である。
多くの調査では、直接的に「似ているか」「どのくらい似ているか」とは質問しない。それぞれの商品のイメージや評価する側面などを質問して、そのような商品属性から間接的に類似性(非類似性)を分析する。それは「なぜ似ているか」という理由が情報として必要となるからである。
<広義と狭義のMDS>
MDSを広義にとらえる立場がある。次元を構成する手法はすべて次元構成法だという立場である。この場合は、多変量解析法のうち、ほとんどの次元縮小法はMDSということになり、実際にそのような参考書も出版されている。
ここでは狭義のMDSを説明している。つまり「距離行列の固有値分解」である。距離の測定水準(間隔尺度か順序尺度か等)によって、MDSのアルゴリズムが複数あるので、データに適したオプションを選択することになる。マーケティング調査では実際の地理データを扱うことは少ない。消費者の意識データとしては順序尺度となる場合が多い。尺度の水準によって「計量的MDS(古典的MDS)」と「非計量的MDS」と区別して呼ばれる。