RDD
RDD(Random Digit Dialing)は電話調査のための無作為標本抽出法である。乱数番号法ないし無作為番号法などの和訳が適切だが、直訳すると無作為番号架電。
Dialingとあるために調査実施法かと想定しやすいが、ダイヤリング法ではなく、本来的に標本抽出(sampling)法である。このため英語でも標本抽出法であることを明確にするために、RDD Sampling と用語することがある。日本では報道機関による世論調査でRDDが利用されている。「RDS: Random Digit Sampling」(毎日新聞社),「朝日RDD法」(朝日新聞社)など、調査実施主体による独自名をつけている場合もあるが、細部の相違に過ぎず、いずれもRDDに含まれる。
世論調査を事例として説明すると、全国の約1億人いる有権者(母集団)から、無作為に千人程度の調査対象者(標本)を選んで、そこに電話をかけて内閣支持などの意見を質問するのであるが、RDDは全国の有権者宅の電話番号から、調査対象となる有権者の電話番号を無作為抽出する方法である。
もう少し詳細に説明するために、よく知られた無作為抽出法である「住民基本台帳からの無作為抽出」と比較してみる。無作為抽出のためには母集団の構成要素(有権者)を列挙したリスト(枠母集団あるいは標本抽出枠という)が必要である。住民基本台帳には「住所・氏名・性別・生年月日」が記載されており、ほぼ完全な日本人のリストになっている[1]
。 RDDでも事情は同じで、すべての有権者の電話番号のリストが必要だが、それは存在しない。しかし、稼働している電話番号は総務省から公開されているので、その情報を母集団のリストとして利用する。
稼働している電話番号とは、「すべての可能な電話番号」(all possible telephone numbers)であって、約2億の番号がある[2]。日本の世帯数は約5千万、事業所数は約600万であり、複数の電話番号を契約している場合を含めても、2億個のうち6割以上は非使用番号である。
住民基本台帳は紙の台帳という物理的な姿をしているが、[3]RDDは論理的な番号空間である。住民基本台帳には住民だけが記載されているが、RDDには非使用番号も事業所用番号も含まれている、という相違がある。RDDではこの状況を前提として標本抽出するが、理論的には住民基本台帳と同じである。効率的に世帯番号を得るために、主に米国でいくつかの理論的研究と実践的工夫が、1960年代以降に展開されてきた歴史がある[4]。
標本抽出をしたあとは、非使用番号を電話をかけずに検出する装置があるので調査前に除去するが、事業所か世帯かは電話をかけて確認しなければならない。RDDの説明として「無作為に発生させた電話番号にかける方式」という場合があるが、「発生させた」と考えるよりも、電話番号の母集団(すべての可能な電話番号)から「抽出した」番号を調査対象の標本とする、と認識したほうが誤解する余地が少ない。
<日本におけるRDD>
日本では報道機関の世論調査でRDDが普及したが、電話調査の標本抽出法としては、RDDに先だって、異なる標本抽出法も採用されていた。まず1987年から日本経済新聞社が日本で最初に電話による定例世論調査を開始したが、当時は電話帳から標本抽出した。同時期に他の報道機関も電話調査を実験的に開始したが、朝日新聞社などでは、それまでの調査員による訪問調査と同じ標本抽出法を踏襲し、選挙人名簿から標本抽出をした世帯の電話番号を調べてから、電話調査を実施した。
いずれにせよ電話帳の情報に制約されていた。一方で、電話帳に番号を記載しない世帯が年々増加したため、電話帳に掲載されていない有権者が存在することが、報道機関の世論調査にとって大きな問題となり、電話帳や選挙人名簿からRDDへの移行は不可避的な状況となった。各社がRDDによる定例世論調査に踏み切ったのは、早い順に以下の通りである。
1997年:毎日新聞社
2001年:朝日新聞社、共同通信社
2002年:日本経済新聞
2004年:日本放送協会(NHK)
2008年:読売新聞社
なお、時事通信社は電話調査ではなく、調査員による訪問面接調査で定例世論調査を継続している。
<RDDの特徴>
- 電話帳に掲載していない世帯も調査対象に含めることができる。
- 住所・氏名等は不明だが、そのため個人情報を使わずに調査できる。
- 住所・氏名が不明なので、事前に調査への協力依頼状は郵送できない。
- 標本抽出の準備を迅速にできるため、速報性の高い調査ができる。
<RDDの課題>
- 固定電話を契約せずに、携帯電話だけで生活する世帯が増加する傾向にある。この人々は調査から漏れるため、報道機関の世論調査では、携帯電話も調査対象をする方向に向かっている。
- いわゆる「かたり調査」や詐欺事件を背景として、「知らない電話には出ない」という防衛行動をとる人々も増えているといわれており、これが調査協力率を低下させる要因になる。
- 固定電話のRDDでは、番号は世帯に相当するため、個人を調査対象とする世論調査の場合には、電話口で世帯内の有権者個人を、さらに無作為抽出しなければいけない。つまり、単身世帯でない限り、電話口に出た人がそのまま調査対象者に抽出されるとは限らない。これも回収率低下の要因となっている。
- 世帯が契約している回線数によって抽出確率が異なるが、これは重み調整で理論的には解決される。携帯電話の場合、番号は個人に結びついているが、その個人が抽出される可能性のある電話番号としては固定電話も含めて確率を考慮する必要がある。